爆発音。


轟音は文字どおり抜けるような空に轟き消えた。

げらげら、自分の笑い声は自覚するほどに挑発的で。
青空を背景に浮かび上がった自販機に、逃げ場を考えては暴力の塊から少し間をとった。



「いっつもいっつもよく飽きないねえ、シズちゃん」

「うるせえ!!」

「それしか言うことないのかな?ちょっとシズちゃんにイケナイコトしてる連中をけしかけただけじゃない」

「うるせえつってんだろーがよぉおお!!」



売り言葉に買い言葉とはよく言うけれど、シズちゃんとは売り買いするほど相対的な関係じゃない気がする。
投げ掛けても、返ってこない。
投げ掛けてもいないのに、投げ付けられる(主にゴミ箱)。


一方通行。
それは俺からも、シズちゃんからも。
ねじれの位置に俺たちはいる。
いつまでも限りなく交わらない、それ。

だからシズちゃんの考えてることはよくわからない。わかりたくもないけれど。
ただ一つ確定している事実は、俺もシズちゃんもお互いのことが世界で一番嫌いだということ。
それは揺るぎない。揺るがない。揺るぐわけがない。




「…………やめだ」

「……は?」

「もう、手前に使う時間も労力も無駄だ」




そう唐突に告げて、下ろした自販機の口からは2、3本缶がこぼれた。

気まぐれ、そう呼べば可愛いもんだ。
シズちゃんのそれは気まぐれと呼ぶには嵐のように移り変りが唐突すぎる。


踵を返す。
その背を今更引き止めるすべもなく、ただ中途半端に持ち上げた手は何かを掴むこともできずに虚しく空を掻いた。


わけわかんない。

はっとしたのはシズちゃんがその場を去ったずっとあとだった。


*




「やっほー」

「……………」

「シズちゃん?ねえ、シーズーちゃーん。無視しないでくれる?」

「……帰れ」

「えー、つれないなあ。もう1週間も放置プレイじゃん。気まぐれ?気まぐれなの?一体全体どうしちゃったの?」

「……もう手前とは喧嘩しねえって決めたんだよ」




つかつかと早足に歩くシズちゃんの斜め後ろを同じような速度で歩きながら追うけれど、シズちゃんは振り返りもしない。
愛想なくそう突き放して、どんどん歩いていく。
なんだよ、それ。
頼んでもないのに追い回してきたくせに。なんで俺がシズちゃんのこと追っかけてんだよ。何これ。むかつくんだけど。


1週間、何かと理由をつけてはシズちゃんを追い回して、そのたびにことごとく無視をされ、結局俺も諦めてシズちゃんの背を見送った。

ふざけてる。急に俺のこと突き放して、もう喧嘩しないなんて。
何それ、シズちゃんのくせに。



俺なんかには見向きもしないで、シズちゃんはどんどん歩いていく。
なんだか、心まで置いていかれた気がして、




なんだよ、なんなんだよ。



シズちゃん、こっち見ろよ。
シズちゃん、ねえ、





「……シズ、ちゃッ……………あ…、れ…」




弾けるように飛び起きて、息をつく。
そこは自宅のソファーの上で、窓の外を眺めればまだ薄暗い空に、ああ、明け方かと頭を掻いた。
夢、か。
いや、夢じゃないけど。
実際シズちゃんには無視されてるし、口もきいてくれないからむしろ現実のほうが質が悪い。
ある日突然シズちゃんは俺を突き放して、もう口をきくのも無駄な労力だと、そう言った。

注意されてるうちが花ってやつなのかな。
構ってもらえなくなって、無視されて、シズちゃんは、一体何を考えてるんだろう。


俺のこと嫌いになったのかな。

あ、最初から嫌いなのか。

最初、から。




ぎゅう、と胸が痛んで、息も苦しくて
なんか変な病気なんじゃないかって、思ったけれど、そんなわけないことくらいわかりきってた。

シズちゃん、無視、しないでよ。
どうして?どうしてなの?


あれ、俺、なんでこんな苦しんでんだ?
シズちゃんなんか大嫌いで、俺のほうが無視したいくらいで
そのはずで、


ああもう、ずるい。
シズちゃんはずるい。
俺が迷惑がってる間は嫌でもこっちの話なんて一切聞かないで喧嘩ふっかけてくるくせに、急に俺のこと突き放して、そのくせ俺の意識を放さないなんて

ずるい、ずるいよ

寝ても覚めてもシズちゃんのことばっかり気になる。
俺、どうしちゃったんだろう。俺、俺…








また横になる。
でも目はさえてしまって、とてもじゃないけど眠れない。

天井を見上げる。
シズちゃん、俺、あんたが、大嫌いで大嫌いで仕方なくて、そのはずで


なのに、あんたが離れたら


なんだろう。

…………寂しい?

寂しい、のか?俺。
シズちゃんに無視されて、サミシイ……?



……んなわけないだろ!!
馬鹿馬鹿しい!
シズちゃんなんかに無視されたくらいで寂しい?
何それ、気持ち悪!!


ぶんぶん、頭を振っては、そんな軟弱な思考を消し去ろうと躍起になる。

それでも、



それでも、それでも





ふうと息をつく。
揺さ振られた頭はじんわりと意識を微睡ませた。


ああ、そうか。


それでもこんなに寂しいのは、










*







「シーズちゃん」


「………、…」


顔を合わせた瞬間に、シズちゃんは無言で踵を返した。
折れそうな心を持ちなおして、シズちゃんの手をとる。

シズちゃんは、はっとしたように振り返って、俺の手を振り払った。
乱暴にそうしたくせに、何か言いたげに口を開いて、またすぐに閉じるから、代わりに俺が口を開く。


「シズちゃん、話、聞いて」

「……んだよ」

「これ聞いたら、もう会わなくてもいい。俺が嫌いならそれでいい。いいけど、これだけは聞いて」

「俺はッ……」

「何」

「…………なんでもねえ」


目を背けるシズちゃんに、睨み付けるような視線を向けたまま



シズちゃん、あのね、


俺、あんたに無視されて、初めてわかった。
今まで、シズちゃんがいるのが当たり前だったから、気付く必要なんてなかったんだよ。






シズちゃん、俺、あんたが






「シズちゃんが、好き」

「………は?」

「シズちゃんが好きなんだよ!…好き、だよ。あれだけ嫌いって言ってたのに、なんか……よくわかんないかもだけど」

「………いざ…」

「あんたに無視されて、なんかすっごい変な気分になった。あ、……別に寂しかった訳じゃないから。で、なんか……よく考えて、ああ俺シズちゃんのこと好きなのかもって「臨也!!」

「うわ!」




ぎゅう、と抱き締められて、瞬間息を吸えなくなる。
何をされたのかもわからずに、抱き寄せられたままおとなしくなる俺に、シズちゃんは口を開いた。


「トムさんに、好きな奴できたんすけど顔あわせたらいつも喧嘩しちまって、どうしようもなくて困ってるって相談したんだよ。したら、押して駄目なら引いてみろって、なんかよくわかんねえから、とりあえず無視して…。俺も辛くてやめようかと思ってたんだ。でも、喧嘩しなきゃ手前に怪我させずにすむしよ…」

「……ちょっと、よく、わかんないんだけど」

「だから!」

「何?」

「だから…………手前が、好きなんだよ、バカ臨也」


ぎゅう、

それは服の擦れる音か、それとも胸が軋んだ音か。



抱き締められたその腕の中で、なんだ、まんまとしてやられたわけかと納得して、背中に腕を回す。
拙いそれは、シズちゃんに突き放されたあの日とは違って、しっかりと黒いベストの背を握り締めた。

やばい、今、幸せかもしれない。

……シズちゃんなんかにしてやられたのは悔しいけどね。




―――――――――
すれ違い。
臨也のキャラを見失った気がするw


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