シズ→イザ
「寒かったり暑かったり……イライラしませんか?」
静雄は咥えた煙草を噛み契りそうな勢いで歯をきしませていた。
まあまあと制する俺に、ふうと煙草の白い煙を吐いて、「仕事中にすいません…」とやっと大人しくなる。
「休憩中だからいいんだよ」
「はあ、すいません」
ぼーっと、2人で外を見る。
しとしとと降り始めた秋雨は、気分までじっとりとさせて
なんでもないのについたため息が、自分の口からと、隣、少し上から聞こえたから、あ、ハモったと目を細めた。
最近、静雄が変だ。
この間もお茶もらいますとかいいながら俺が飲んでたビールを飲んで顔を顰めていたし、テレビに向かって電卓を押しながら、つかねえとキレて手に負えなくなったし、入ろうとしたファーストフード店のガラス戸に、そのまま突っ込んでガラス粉砕したり、
とりあえずぼーっとしてることが多くなった。
「……トムさん」
「ん?」
「なんか、俺病気かもしれないっす、」
「はあ?」
ぼけーっと惚けたまま夢現つに呟いた静雄に、流石にこいつ大丈夫か?とか思って、ぴと、と額に手をおくけれど、ちょっと熱いのは多分子供体温のせい。
はあ、とため息をついた静雄の顔はほんのり紅くて。
「……なんか、この辺が痛いんすよ」
「……心臓?肺?」
「わかんないっす。なんか息苦しくなったり、動悸がしたり…」
「それやばいんじゃねえか?大丈夫か?」
「ん………とりあえず…」
この症状を、俺は知っていた。
それは、甘く、でも切なく、痛い。そう、痛みに似ている。
その痛みは、痛くて痛くて仕方なくて、切り離したいそれなのに、思い合いたいがために依存する、不思議な、痛み。気持ち。
人はそれを
「静雄、まさかとは思うがそれ………恋なんじゃ」
「鯉?」
「そ、恋」
「え…?俺、鯉の病なんすか?」
「こッ……ああ、そうともいうが」
「……人間も魚のかかる病気になるんすね」
「は?………いや、違ぇって。魚の鯉じゃなくて、恋愛のほうの恋」
「え?」
恋すか?、とやっと静雄はこっちをむいた。
眉間のしわもやっと弛んで、もう一度、恋すか?と尋ねてくるから、ああ恋だと言い返す。
静雄はまた難しい顔をして窓の外を見た。
しとしと、しとしと
降り続ける雨がそんな静雄を笑うようで、その横顔を眺めた俺は、思わず笑った。
微笑ましいという言葉は、あまり似合わないかもしれないけれど、恋って何だと呟く静雄は面白い。
静雄の恋か、
相手…誰なんだろう
どんな女性なんだろう
誘惑されても全く興味を示さない、石のようにお堅い静雄をなびかせた人間を、一度でいいから見てみたい。
ふと、振り返ると、後ろの机の上に放り出された黒い携帯
静雄、こんな携帯だっけ
「静雄、」
「………あ、はい」
「これ、お前の?」
「……………ッ…」
返事がなくて、静雄を見る。
かあぁと顔を赤らめた静雄が、それは、とぼそぼそ口籠もっていて
「……俺は、悪くないんすよ、臨也の、奴が、逃げ回ってるときに落としたから、返さなきゃとは、思って、るんすけど、顔あわせたら喧嘩しちまうから、なかなか、返せなくて………だから、」
「わかったから息しろ」
言い訳がましくそう言った静雄に、まさかなと思ってまたその黒い携帯をみた。
女もんじゃねえよな…
まあ今は、真っ赤になってる静雄が面白いから、
その恋がもっと面白くなることを願ってみたりする。
(あ……携帯)
(わざと落としたのは)
(あの人には内緒)
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10月