最近気に入らないことがある。
俺は比較的気は弱いほうで、気に入らないからといって相手に掴み掛かったり声を荒げるような真似はできない。
だから、今もこうして手紙ごしに喧嘩をふっかけてくる『奈倉』なる者に対しても、なるべく、というかあえて感情を表に出さず押し殺すのが大人の対応、な、わけだが
「………ッくそ、」
イライラする。
静雄がらみになると最近すぐこれだ。
そう、気に入らないのはこの『奈倉』より、むしろ自分。自分なのだ。
顔が熱い。
頭に血が上っているのがわかる。
かっとなるというのはきっとこういう状態を言うんだろう。
本当に、魔がさしそうな気分だ。
最悪すぎる。
俺は何にも悪くねえ。
ただ、普通に静雄と仕事してただけだ。
静雄が警察署の前でぼうっと呆けていたところで、声をかけてからもう何年も、それは、比較的平和に。平穏に。
なのになんだこれは。
ある日を境に、急に『奈倉』が俺に手紙をよこしはじめたのだ。
最初こそ丁寧な物言いだったが、すぐに化けの皮は剥がれた。
それはそれは嫉妬の嵐というか、俺への妬みがつらつらと、嫌味っぽく書き殴られていたわけだ。
しかも内容が、『平和島静雄と一緒にいることが気に入らない、彼は俺の物だ』と。
ヤンデレ満開だなとは思いつつも、一人称が俺の時点で『奈倉』が男であることは理解し、彼が怒っている理由が俺が静雄と一緒にいることだということだけはわかったつもりだ。
住所でも書いてあれば文句の一つでも言ってやろうと思うのだが、質の悪いことに奴は直接会社のポストへ投函しているらしく、その白い封筒にはただ、俺の名前と『奈倉』の二文字がいつも変わらない筆跡で几帳面に書かれていた。
神経質そうな字だなとも思ったが、そんなもの思考しても無駄手間かと、最近もはやそれの定位置になりはじめた机の引き出しを開ける。
なんとなく棄てて静雄に読まれでもしたらと思うと棄てることもできず、シュレッダーにかけてしまおうかとも思ったが私事で使うのも気が引け、結局どうにもならずに会社の今は使われていない机の引き出しにその手紙が溜まっていく一方。
「……トムさん?」
「おわああ!……あ、静雄かよ…」
「どうかしたんすか?」
「いや、な、何でもねえよ」
「…………なんでもありますよね?」
「え、し、静雄、何」
ずんずんと、近づかれて
身長差がある分俺が仰け反るはめになる。
後ずさった拍子に、ソファーに足を引っ掛けて後ろにひっくり返った
と、思ったのだが、静雄が、俺の腕を掴んで引き寄せていて
「大丈夫すか?」
「あ、……ああ!悪いな、大丈夫だ!」
「?」
あわてて身体を離そうとする。のに、静雄が掴んだ腕を放そうとしないから、その、妙な状態のまま身動きがとれなくなって。
なにか、ありましたよねともう一度呟いて、俺の顔を覗き込む。
近い、近い
勘弁してくれ。
俺はお前より年上だし、上司だし
だから、こんな気持ちになってしまったのも、耐えなきゃいけなくて
それに、
それに、静雄に、嫌われたくないから…
『奈倉』にいらだっている俺は、きっと、そうなのだろう。
俺は、静雄が、
って、待て待て、頑張れ俺
ここで真っ赤な顔して吃ってたら、いくら静雄でもばれるというか、
なんというか
「……トムさん、顔紅いっすよ?」
「ッ!?」
「風邪っすか?」
「―――ちょ、」
額同士をくっつけるとか、お前は子供か!
いや、子供っぽいけど
て、ちがくて、ちょ、顔近い…
ひーと目を瞑っていた俺の額からやっと自分の額を離すと、ちょっと熱いっすねと笑って
確信犯だろとか、思って、それはないなと自分で否定する。
静雄はとにかく鈍い。
それに、そんなことまで考えて行動するほど器用じゃないだろう。
「静雄、あのな、」
「熱大丈夫ですか?」
「お、う。大丈夫だ、だから、放してくれるかな」
「あ、すんません」
やっと放された手首をふるふると振って、息をつく。
本当にどうかしたんすか?と問いつめてくる静雄に、もう観念してまだ机の上に投げ出されていた手紙を手に取った。
これ以上無自覚静雄をほっておくのは心臓に悪い。
「なんかな、しばらく前から手紙が来てるんよ」
「手紙、ですか?だれから?」
「んー……それがよくわかんねえんだよな」
「よくわからないって…ちょっと、見せてください」
「おう」
「……………、これ……」
開けていいっすかと、静雄はかなりどすのきいた声で言う。
機嫌が悪いのは明白で、どうしたこいつと不安になったが、いいぞと促せば、かなり乱暴に封筒をあけ、中の手紙を取り出す。
「……………」
「………………」
「…………静雄?…」
「……ちょっと、行ってきます」
「え?おい、静雄!?」
わなわなと震えだしたと思えば、静雄は急にそういって出ていってしまった。
なんだ、心当たりがあるのか?
それにしても字を見ただけでわかるって
なんだ?もやもやする
嫉妬してんのか、これ
「…………最悪」
嫉妬するとかなんぞ
俺は静雄のなんだってんだ
上司だ、ただの
これからも、ずっと
*
「トムさんすいません」
「あ?」
「息の根止めそこねました」
「は?」
「また手紙きたら教えて下さい。犯人ぶっ殺しにいきますから」
「なに、お前。犯人知ってるのか?」
「ただの腐れ縁です。………イライラしてきた」
「お、落ち着け静雄」
あれから『奈倉』からの手紙はこなくなった。
なぜだろう。
静雄が行ったからだろうか。
気に入らない気持ちは、少しはマシになったけれど、やはり少し、静雄とそんな関係にいる『奈倉』がうらやましい気もして、
「はあ…」
「……?トムさん、どうかしたんすか?」
お前のせいだとも言えずに、
机に突っ伏した俺に静雄はもう一度俺の名を呼んだ。
向こうも俺がうらやましいのか。
にしても静雄……本当に、モテ過ぎなんだよお前は。
好きだなんて、言うつもりもないけれど、やはり奪われるのは癪に触る。
だから、静雄は
「絶対、渡さねー…」
「なんか言いました?」
「言ってねえよ」
(あーあ)
(また一緒にいるよ)
(シズちゃんは俺の物なのに)
――――――――――
モテ男静雄
トム←静雄←臨也
↑千景
の図が好きですw