気紛れに



「シズちゃん、えっちするよー」




「………………」










池袋の路上でげらげら笑いながら俺がそう言えば、

シズちゃんはどうしようもないくらいに怪訝な顔。
周りで見ていた野次馬たちも、ぴしっ…と固まっている。




「一応、もう一度言え。なんだって?」





「えー二回も言わせるの?シズちゃんの変態。
だからシズちゃん!えっちするよ!今から「あああ゙あ゙ああ゙!!!」




どどどど、とおよそ人の走る音とは思えない爆音と絶叫が池袋の大通りに響いた。




踵を返して俺も走りだす。
後ろからは獣の大群がかけてくるような音が迫ってくる。


おっとやばい、殺される。



俺が走ると人が面白いようによける。
まあ、俺が怖くて避けてるわけじゃなくて、俺の後ろから突進してくるシズちゃんのせいだろう。




ひょいっと横に飛んで細い路地に入り込む。
人の悲鳴のあとにシズちゃんの怒声が暗い路地裏に響いた。



「ふう、よいしょっと」



さっきの戯れ言を言った瞬間から決めていた場所に漸くたどり着いて、立ち止まる。
くるりと振り返れば鼻息荒々しいシズちゃんがふーふーと立っていた。



「追い付いたぜえ、いーざーやーくんよお」


「はは、まったく単純だなあ君って奴は。実に面白くない。所詮ここも筋肉でできてるから仕方ないか」



こつこつと自分のこめかみを叩いてみれば飛んでくる青いプラスチック製のゴミ箱。


「朝っぱらからふざけたこと言いやがって……殺す殺す殺す!!」


「でも俺が殺されちゃったらシズちゃんのこと抱けなくなっちゃうよ?」


「知るか!つーかまず俺が受けの時点でおかしいんだよ!だから安心して早く死ね」


「おやおや、なんてコト言うのシズちゃん。そんな子に育てた覚えはないよ」


「ああ、育てられた覚えもねえ」






シズちゃんの拳が俺が立っていた場所を越えて、その後ろの壁に大きな罅を入れた。
ぱらら、と細かい瓦礫が落ちてくる。


一足早く避けて、くるくるふざけて回っている俺をぎろりと睨むと
シズちゃんは忌々しそうに顔を歪めた。

舌打ちして掘られた壁から腕を引っ込抜いて、ぐしゃぐしゃ頭を掻く。




「あー………うっざい…」


「落ち着いた?」


「……、ッ………なんだよ、一体」


「ふふ、だからさっきから言ってんじゃん。え「それはわかった」


「なにがわかんないのさあ、別に何にもわかんないことないでしょっ。しよーよー」


「……………しねえよ」


「しよーよー!いいじゃん、青姦!」


「よく、ねえ」


「えー」


「いい加減にしねえと、ぶっ殺すぞ…マジで」




わなわなと身体を震わせて、シズちゃんは言う。

しょうがないなあ、と俺。


「なーにが、気に食わないわけ?」


「ぜ、ん、ぶ、だ、コラァああああ゙あ゙!!」


「ああ、怒んないの。落ち着いてって」


「最初から、落ち着いてるっつーのによお!!」


「落ち着いてないじゃなーい。あはは」


「っほんとに、よお……イライラする言い方を……」


「はいっ」


「?」


「どーぞ」









腕を広げる。


「大丈夫、誰もこないよ」



いっぱいに広げた腕にシズちゃんは、「う……ッ」と呻いて、かああと顔を紅くする。



うわあ、キモい(笑)



そんなこと思っても、腕はおろさない。
シズちゃんはじりじりと近づいてくる。

吸いよせられるように、

引き寄せられるように、


シズちゃんはこっちにくる。



近づいて、


近づいて、


最後の一歩を踏み出して、

俺より10p高いシズちゃんを抱き締めた。

背中に回した手。

背中に回された手。


少し早いシズちゃんの心臓の音と、
平静を保ったままの俺の心臓の音が、
まざって、
掻き混ぜられて、















「シズちゃん、好きだよ?」


「……うっせ」



「酷いなあ」





けたけた笑っても、シズちゃんは怒らなかった。

きっと癪にさわるとか、思っているんだろう。
でも身体は俺を求めているから、
悔しいとか思っているんだろう。



だからシズちゃんのこと嫌いなんだよ。


まったく素直じゃないんだから。







シズちゃんが、
誰かと関わりたいって思ってることは、本当最近気が付いた。
シズちゃんには普通の理屈は通用しないから、彼は1人で構わないと思ってる、俺と同じ類の人間だと思っていたのに。


でも彼は違った。



本当は、淋しくて仕方のない普通の人間だった。

誰かと関わりたい、
誰かに愛されたい、
愛したい、

でも暴力のせいで、その誰かに近づくことなどできないと。

シズちゃんが、初めて身体を重ねたそのあとに、
低い、
小さな声で、
半分眠りにつきながら放った言葉は、

俺に大きなショックをあたえた。

それは

俺が、想像していた理屈を、全て粉々にするもので。

そして、気付いてしまった。

シズちゃんとしたあとに不思議と満ち足りていたこの心は、
理由なんて知らなくて

いや、知っていた。












俺も、シズちゃんと同じだったんだ。











別に誰かがいてくれないと淋しくて仕方ないわけじゃない。
別に誰かと一緒にいたいわけじゃない。
傍にいて欲しいわけじゃない。

だけど、


俺は満ち足りた。

満ち足りてしまった。


シズちゃんを抱き締める度に、
息がとまるほど愛おしくなる。
切なくなる。

そのくせその腕を放すことができない。



求めていたのは、俺の方。



愛していたのは、俺の方。




愛されたかったのは、俺の、方。



気持ちと、身体と、脳が別々に動く。


悪ふざけの一環だったのに、

本気になっていたのは俺。






その事実が納得できなくて、シズちゃんと距離をおこうとしたときもあった。


でも、やっぱり、君が好きで。



「………、好き」


「…ああ」


「、好きだよ」


「………、ああ」


「…ごめん」


「なんで謝る」


「…利用してるから」


「誰を」


「シズちゃんを」


「わかってる、別にいい。俺だってそうだ」







体温がまざる。

抱き締めてるはずなのに、
抱き締められてるみたいな、


利用しあってるのに、こんな関係を続けてるなんて、
多分世界で唯一の関係で。


でも、愛してる。




「しようよ」


「……はぁ………夜な」


「ん。…うち来てね」


「わかってる」


「何時ごろ?」


「仕事終わんのが9時。そのあと行く」


「…わかった」





身体を離す。


シズちゃんの顔を見上げて、にっと笑うとはあと息をつかれた。


ぐいっと襟首を掴んで引き寄せる。

唇が、触れそうで触れない位置で動きを止めた。
吐息がまざる。

交ざる、
混ざる、
雑ざる、


至近距離のシズちゃんは口を一文字に結んで目をそらしている。


くつくつと笑うのはもちろん俺だけれど、
俺は待つ、
待つだけ。



「して」


「………目、とじろ」


「恥ずかしがってるシズちゃん見たいんだもん」


「手前……いつも目あけてるだろ」


「おや、そんなことないよ」


「なっ………あいてたじゃねえか」


「シズちゃん、見えてたってことはシズちゃんも目あけてたってことじゃん」


「お、俺は薄目だ」


「あいてるじゃん、それ」




仕方ないなあと目を閉じる。
唇に触れたそれは必要に俺の唇を突く。


なんだと思って目をあける。



「………何してんの」


「……いや」


「いや、じゃなくて、なんで俺の唇指で突いてんの」


「………なんとなく」


「……はあ、もうしょーがないなあ」


「しょうがないって、む……」





口付けたらシズちゃんは大人しくなった。
は、と漏れる濡れた吐息に目が回るけれど

それでもいつまでもやめられなくて。





シズちゃん、




求めあうのは、自分の利益のため。


そんなの互いにそうだけど




でもまあ、


いっか







(愛しい愛しい愛しい)

(こんな日常の中でも)

(あなただけは放さない)




――――――――
……甘って初めてじゃね?←

の割にえろ無し;

えろ無し好きなんだよなあ←

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