痛い。
シズちゃんは怒った。
でも本気じゃない。
そんなの知ってる。
「痛くしてほしいんじゃないの?」
「んな訳あるか」
「ふーん、」
「………何が言いてえ」
「嘘下手。シズちゃんは乱暴なの好きなくせに」
「暴力は嫌いだ」
「暴力でできてるくせに」
「ああ、だから俺も嫌いだ」
シズちゃんが嫌いだ。
俺のことを嫌うシズちゃんが嫌いだ。
だけど自分を嫌ってるときのシズちゃんは、好き。
シズちゃんの、自己否定と言う名の自傷行動の中に、
俺とのセックスが含まれ始めたのは、至極最近のことだ。
自分が、嫌い。
その一念につけこんだ俺に、シズちゃんは迷うことなく答えた。
「なら、俺を抱けよ。プライドも何もかも壊れるくらい乱暴に。したら俺はきっとそのうち死ぬから」
シズちゃんは、俺が「俺に抱かれてみない?」と尋ねるほんの数秒前にそう言い放った。
疲れたようすも焦燥したようすも見せず、
淡々といつものシズちゃんみたいに。
喧嘩でも売ってきたようなそれに、俺は意図的に乗った。
ここでシズちゃんを突き放してみるのも手だったけれど、直接的にシズちゃんの顔が俺に対するあらゆる憎悪や畏怖で満ちるのが、単に見たかったからだ。
俺自身その行為に対する好奇心にも似た感情があった。
あの、平和島静雄と身体を重ねるなど、一体どれほど胸くそ悪いものなのか
体験してみたかったのだ。
「っ、ぁ」
拘束、媚薬、暴行、言葉、鞭、他にもいっぱい。
シズちゃんを傷付けるためならありとあらゆる手を尽くした。
ときには水を張った浴槽にシズちゃんをつけて半殺しにした。
ときには知りあいの裏社会の人間に輸姦させた。
ときには俺のナイフで身体中をズタズタに切り裂いた。
ときには大量の媚薬を飲ませて1日中自慰しているのを視姦したりもした。
なのにシズちゃんは音を上げない。
俺が、悪かったなんて一言も言わない。
もうやめてくれなんて、そんなこと一言も言わずに、
殺されてもかまわないくらいの目をしていた。
まいった。
あれは、本当に
自殺したい人間の目だ。
今まで人間観察のために何人も自殺志願者を見てきた。
だけど、その中に、迷いのない目をしていた人間なんてほとんどいない。
だから、シズちゃんは
「シズちゃん、どうせ死ぬならいろんなとこでお金借りて俺に渡してから死んでよ」
その言葉に
「……ああ、そうかその手があったな。手前に渡さねえで幽かトムさん辺りに渡してから死ぬわ」
そう顔色一つ変えずに呟いて
「だけどなかなか死ねねえんだよな。この身体のせいで。だから嫌なんだけどよ。おい、ノミ蟲手前なんかいい死に方知らねえか」
そう言った。
俺は、そんなシズちゃんに
わなわなと震えていた。
それを隠して平静を装ってにこりと笑って「じゃあ探しておくよ」
そう言ったつもりだったけれど、言葉を放っていたのかどうかは不明だった。
「ん、あ、痛…」
「やっぱり痛いの好きなくせに」
ぎちぎちとナイフがないた。
シズちゃんの心臓目がけてためらいもなく振り下ろしたナイフは、そんな臓器に届きもせず、ただ血を滲ませただけだった。
違う。
違う、違う、
違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違うちがうちがうちがう、ちが、う、ち、が………
違う。
こんなのシズちゃんなんかじゃない。
俺の嫌いなシズちゃんじゃない。
ナイフを持つ手がガタガタと震えた。
ぱきん、と軽い音がしてナイフは折れた。
シズちゃんの胸に浅く突き刺さって残ったナイフの刃先を、俺は素手で掴んで引き抜く。
「い、た……おい、っあ、どうし、た」
何度も何度も振り下ろす。
刃先だけのナイフを振り下ろす。
ぼたぼたと落ちた血は、九割方俺のもの。
「ぅ、あぁあぁぁあ、あぁ、あ……」
ぼろぼろと落ちた涙は、十割俺のもの。
「……おい、」
がっと掴まれた両腕は、漸くシズちゃんを突き刺すのをやめて、血塗れの手からこぼれた刃先がかしゃんと音をたてた。
「おい、どうした。なんか今日変だぞ」
「……………どうして」
「は?」
「…………どうして、死にたがるの…」
とめどなく湧き出る涙はシズちゃんの傷口に落ちては、血とまざって流れていく。
シズちゃんは何も言わない。
沈黙に俺の泣きじゃくる音だけが響く。
俺は、本当はあんたが死にたがってたわけじゃないんだと、思っていた。
だから、他の人間と同じように、絶望した顔が見たくて、
うまくいくと思ったんだ。
どこかシズちゃんは殺しても死なない気がしていて、彼が本当に自分で死ぬ日などくるはずないと、思っていたのに
シズちゃんは俺を裏切った。
それもとてつもなく悪い意味で。
だから俺は焦った。
シズちゃんが
ごめん、本当は死にたくないと言う日が一刻も早くくるように、あんな半殺しにするようなセックスをしたのに
死が目の前に広がれば、恐怖するだろうと思っていたのに
シズちゃんはそこでも俺を裏切ったのだ。
自ら死にもしない、だが死を拒みもしない、
死ぬ権利など自分にはないとでもいうように
シズちゃんは俺に殺される日を待っている。
それに気付いてしまったとき、俺は、怖くて仕方なくなった。
「しよう」
「は?……、ああ」
シズちゃんの腰を掴んで胎内に押し入る。
今まで経験したことのない恐怖に、俺は前後不覚に陥った。
おかしい、シズちゃんが死にたがれば死にたがるほどに俺はあれほど殺したかったシズちゃんを生かそうとしている。
嫌いなはずなのに。
この男が自分の手駒になった瞬間から、俺はそれを手放せなくなっていた。
愛着、そういえば可愛いものだ。
執着、そう、それに近い。
「あっぅ、ん、んんっ」
「ああ、もう。」
「早く死んで」
心の底から放った言葉。
どうか、俺の知らないところでひっそりと逝って。
最後の汚れ仕事だけ俺に押しつけようだなんて、君はずるい。
ずるいよ。
「っ、あぁ、ん、はぁ」
「ずるい」
肉のぶつかりあう音に息苦しさを覚えた。
「ふ、…う…、あぁあ、あぁあ!!」
悲鳴をあげたのは、俺。
止まらない涙に絶叫して、俺はシズちゃんの中で果てた。
直後にシズちゃんが果てる。
ああ、もう
死にたい。
泣き叫んだ俺にぎょっとしたシズちゃんはこっちを見たけれど、
シズちゃんはなにも言わなかった。
愛なんてない、
それでいい関係。
それがいい関係。
だからきっと俺がシズちゃんを殺せないのも愛情も同情も関係ないのだ。
シズちゃんの前で初めて見せた涙は、枯れることをしらない。
早く殺して
そうは言わないシズちゃんは、今日も俺に抱かれながら死にたがっている。
(どうやったら死ねるのかしら)
(ああほら、早くその手で)
(私の首を絞めて)
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ブラックやなあ←
黒いの好きだけど