死んだ。












シズちゃんが死んだ。













シズちゃんが他人の手によって死んだ。













シズちゃんが他人の手によって銃で撃たれて死んだ。












シズちゃんが他人の手によって銃で撃たれて内臓破裂により死んだ。













俺はそんな血糊を落とした死体に、目を落とした。
何の感情もなく、ただ目を落とした。


死体は、平和島静雄という魂をしまっていた入れ物だった。
それには穴が開いて、魂はもう逃げ出していた。


涙は出ない。
なのに俺は震えている。

わななく唇は、静かに言葉を紡ぐ。





「ねえシズちゃん」



「ねえ、起きて」



「ほら、俺に新妻みたいなこと言わせないでよ」



「シズちゃん、ねえ、お願いだから、起きてよ」








返事はないことはわかっている。
なのにまだ俺は消えた魂を探していた。




シズちゃん、
シズちゃん、
ねえ、シズちゃん、





俺は、喜ぶべきなんだ。
だってやっと自由になれる。
こいつが死んだから、やっと好き勝手できるのに。
もう邪魔をされることもなく、大好きな人間たちだけに囲まれて、そんなハーレムで平和に生きることができるのに。



なのに今、俺はこの冷たい肉の塊に、釘付けになっている。
世界で一番憎らしかったこの死体が、なぜか今は一番恋しかった。
どうして、シズちゃん。

俺はわからない。

こんな気持ちになる理由など俺が一番知っているのに、何度も何度も死んだシズちゃんに尋ねている。



シズちゃん、これは何?

この気持ちは何?

どうして、シズちゃん?






何で死んだの?






昨日の夜、池袋で強盗が起きた。
有名な某チェーン店に押し入った男が金を持って逃走したのだ。




シズちゃんは、たまたまそこに居合わせた。




たまたまその店の近くにいた。







シズちゃんがその犯人に掴み掛かったのは正義感とか陶酔感とかそういうものからじゃないだろう。
ただ、人を脅えさせて金を奪う姑息というか卑怯なやり方が気に食わなかったんだと思う。



そして犯人から金を奪い返して、尚逃げようとした犯人をシズちゃんは追った。

そこでシズちゃんは死んだ。
相手が持っていた銃が、火を吹いたその瞬間に、彼の強靱な皮膚を貫いて、肋骨の間を掻い潜り


それは真っすぐに、

シズちゃんの心臓を撃ち抜いた。






『ごめん、臨也。即死だったんだ』






そう言った新羅が、見たことないくらいに青ざめていた事が、ただ脳裏に焼き付いた。

それから、シズちゃんが[トムさん]と呼んでよく慕っていた上司が昨日はどうしても休みたいと静雄が言ったと、呟いていた。



どうしてシズちゃんがあんなところにいたのかは知らない。
わけが、わからなくて。









ふと、当時シズちゃんが身につけていた遺品が置かれた机に、丸まった紙切れがあることに気付く。
綺麗に畳まれたバーテン服の横に、乱暴にぐちゃりと丸められたその紙に。






「………」





近づいて手に取ると、それはどうやらレシートだった。
重なって丸められたそれは、どうやら二枚。
一方の買ったものは、どうってことないただのレターセットとボールペン。
そして、よくわからなかったのが、残りの1つが指輪だったこと。
値段も、質も多分かなり違うだろう。
シズちゃんはアクセサリーなんか身につけて着飾るような人間でないことは俺がよく知っていた。


そこで初めて、シズちゃんがあの日持っていたビニール袋と、小さな高級そうな黒い紙袋の存在を知った。
ずっと遺品の中にあったのに、俺もその存在になぜか気付かずに、そして誰もそれを開けておらず、未開封のままの2つ。


いや、ビニール袋をよく見ると、レターセットの中の一枚が丸められて中に捨てられていた。


それを手にとって広げる。
本当になんの気なしに。
ただ、なんだろうと思って。



そこには







『誕生日おめでとう』







それだけ書かれていた。

一瞬、誰の誕生日かわからずに、戸惑ってはっとする。




レシートの日付は5月3日。
そして今日は皮肉にも。





「――ッ………バカじゃないの?」





俺の誕生日だった。



そこで全てがわかった。

シズちゃんは、俺の誕生日プレゼントを買いに、出かけたんだ。
顔を合わせたら喧嘩になることくらいわかっていたから、シズちゃんは指輪を買ったあとレターセットを買いに行って、その帰りに死んだのだ。


俺には、痛いほど見えた。

シズちゃんが慣れない宝石店に入って、戸惑っている姿が。
そこで俺の指のサイズもわからずに躍起になって指輪を選ぼうとする彼の姿が。
その帰りにレターセットを買って、メッセージを書いてみたのはいいけど、やっぱり気恥ずかしくて、それを丸めて、ビニール袋の中に棄てたシズちゃんの、姿が。




「……シズちゃ…、





う、



ふ、ぅ…





ッ、
シズ、ちゃん…、…」





ぼろぼろ落ちる涙が止められずに、ただ愛しいとそれだけ思う。
シズちゃんが俺にプレゼントを買うなんて、正気の沙汰じゃないと、いつもなら思うのだろうけれど、


その『誕生日おめでとう』の不器用な8文字の中に、溢れるほどの愛情を感じて、ああきっとシズちゃんは覚悟していたのだろうと思う。
俺に、告白でもしようとしていたのだろうと。

それが何故か俺にはわかった。
なのに切なくてはち切れそうになるのは、俺がこの喧嘩人形を誰よりも愛していたことに気付かされてしまったから。




シズちゃん、





君が好き。




伝わらないなら、何度だって言ってやる。
100万回死んだ猫がいるならば、俺は1000万回愛してると呟いた人間に成り下がろう。

1日1回じゃ27400年くらいかかるから、1日500回言おう。
そうしたら、60年くらいで1000万回を越えるから。


狂っていると君が思っても構わないから、だから、

君を愛してると言わせて欲しい。


どうせもう、君の声は聞こえないのだから。


あの暴力は、この世に無いのだから。




シズちゃん、

シズちゃん、俺は





君をずっと




「愛してる」







ぶかぶかの指輪を薬指にはめて、俺は1000万回の1回目を呟いた。







――――――――――
1日500回=1時間に20.8333…
とち狂った臨也が好き←


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -