「……あ、」




体の中から出ていった熱に力が抜けた。ああ、これで終わりだ。さよならは言わないけど、これで最後だというのはよくわかっていた。

肉体的に繋がれば、心も繋がるんじゃないかってどこかで思っていたんだ。そんな虚しい願いを、健気に持ち続けていた。諦めは未だついてない。さよならは悲しい。悲しいけれど、いいんだ。

もういいんだ。





「…シズちゃん」

「臨、也」





名前を呼び合うと、苦しくなった。

シズちゃんは?シズちゃんも苦しい?

きっと俺だけだ。そんなのわかっている。組み敷かれたまま、俺はぼんやりとシズちゃんを眺めていた。心がぎすぎすと痛い。何も考えられないのは、今に始まったことじゃないけれど、果ててぐったりと横たわっているとそれは余計酷かった。この気持ちに、なんと名前をつければいいんだろう。人より幾らか博識なはずだけど、今の俺にはわからない。
自分のことなのに、わからなくて。





「シズちゃん、」

「ん」

「俺はもう愛してないよ」

「………」

「愛して、ない」

「………愛してる」






唇が触れた。見開いた目から、熱い何かがこぼれた。


「やめてよ…」



残酷だね、シズちゃん。俺のことなんて考えてないんでしょ?愛してない、もうシズちゃんのことなんて愛してないのに、離れたいのに、どうしてそんなこと



「…泣いてんのか?」

「泣いて、ない…ほっといて」





優しくするな。そんなのもういらないんだ。それが俺を苦しめるのになんでわからない。優しくするな、辛いだけだ。知ってるくせにどうしてそんな顔をするんだよ。

ベッドが軋んだ。俺の胸の奥で鳴った音に似ている。脈を打つ音が泣いているように聞こえた。抱き締められて触れた肌の温もりも、シズちゃんの心臓の音も、全部遠くへ行ってしまうことを俺は知っていたから、悲しくて、悲しくて、涙が止まらなかった。




「愛してない」

「愛してる」





ああもう、愛してる







*




いきなりだけど、俺はシズちゃんが嫌いだった。犬猿の仲とはよく言うけど、そんなの比じゃないくらい俺たちは仲が悪くて、全然似てないのに、どこか似ているような気もして。同族嫌悪というか、いやもっと汚い感情だったかもしれない。お互いのことを知りたくもないのに誰よりよく知っていて、それでいていつも気になっていて、いつからかどう転げ落ちたのかそれは愛になっていた。

世界で一番汚い愛だった。


見慣れた景色。立ち並ぶ街路樹。通い慣れた道をシズちゃんの狭い部屋に向かって歩く。その汚い愛を確認するように、俺たちは抱き合った。愛してると思ってた。否、実際愛していたんだろう。それがいつからか擦れ違って、気が付いたときには収拾がつかなくなっていた。犬猿の仲と呼ばれた俺たちらしい末路だ。最初から無理だったんだ。二人で同じ所に向かうことは俺たちじゃできないことだった。それに気が付くことができなかった。いや、どこかでわかっていたのかもしれない。恋は人を盲目にするとは言ったものだけどつまりそういうこと。いつか擦れ違うことを知りながら、それでも彼の傍にいたかっただけだ。そして全てが現実になっただけだ。それに打ちのめされただけなんだ。


「もう別れよう。俺たちじゃ駄目だったんだ。無理だったんだよ」




やっぱりだと俺は笑った。
シズちゃんは、静かに俺を見ていてそのまま動かなかった。硬直しているわけではない。ただ何か考えているようで、ゆっくりと目を閉じて開けた。これ以上シズちゃんを好きでいるのは無理だよと笑ってみせる。嘘ではない。さよならという短い言葉を口にしかけてつぐんだ。声を出そうと思うのに情けない嗚咽が漏れる。さよなら、さよならなんだよ。どうして辛いんだ。そのたった4文字が言えない。なんで、どうして



「臨也」

「…ふ……ぅ…」

「こっち来い」




ああ、抱き締めるなんてずるいよ。辛いだけなのに。これ以上別れをつげるのを難しくしないでよ。そんな優しさ、もう遅い。もう全部おしまいだ。

すがりつきたくなるのを堪えて、その腕のなかにいた。逃げ出すこともできずに、ただ涙を堪えていた。シズちゃんは優しいね。胸くそ悪いくらいに。いっそぶん殴ってくれたらどんなに楽だろう。だけどそんなこと許されない。誰かが悔やめと言った気がした。悔やめ。悔やんで苦しめ。もっと早く別れに気付くべきだった俺。もっと早く恋をすべきでなかったと気付かなければならなかった俺。すべてわかっていたくせに往生際の悪い俺。汚い。汚い汚い汚い。

汚い。





キスをしようと言った。それは優しくないキスだった。触れるだけで離れる。それだけの面白みのないキス。それがどこか怖かった。離れていく気持ちがあることを確認しているようで、怖くなった。そんなことに頓着しないシズちゃんに不満を抱く自分さえ、怖かった。

それはやはり、心が離れていくのを知っていたから。同じ所に向かうことができないことをどこかでわかっていたから。いつかそれが根源になって、別々に生きていかなければならないことを知っていたから。


体がかすかに震えていた気がした。それは俺なのかそれとも、

シズちゃん、だったの?





*






汗ばんだ肌がぺたりと触れた。抱き締める力が強くなって、息を呑む。苦しい。苦しい苦しい。息ができないくらい。愛してるとシズちゃんはもう一度苦しそうな声で囁いた。そんなこと言ってももう遅いよ。そう言えばシズちゃんは黙って少し強く抱いた。


「これでおしまいだね」

「………」

「愛してたよ、シズちゃん」

「…………臨也」




体を引き離すと、シズちゃんは眉を寄せた。惜しむようにキスをして、悲しそうに息を吐いた。


やめてと辛うじて声にする。震えていた。それでもシズちゃんはキスをして、やめてくれない。触れるだけのキスは何度も落ちてくる。やめてよ。やめて。もう戻れないんだから。涙が落ちる。シズちゃん、シズちゃんシズちゃん。ああもう、なんでシズちゃんなんだ。なんで好きになってしまったんだ。なんでよりによってシズちゃんだったんだ。他の奴だったらきっとこんなに苦しくなかった。最初から報われないと決まっていた恋だったのに、どうしてシズちゃんを好きになってしまったんだろう。愛してたよ。愛してたんだ。でもそれは過去の話。これ以上続けることは無理だ。そんなの明白だから。


「ん、」

「なあ、臨也」

「…………」

「……愛してる、お前が想ってるより、ずっと」




そんなの俺のほうだ。


シズちゃんが想ってるよりずっと、俺はシズちゃんを愛してる。それを知ってる?知らないでしょ。
だけどそんなの伝えることさえもうできない。終わりであることを知っているから。これ以上伝えても無駄なことを知っているから。辛いだけだということを知っているから。
シズちゃん、ごめんね。好きになってごめんね。

どうしようもないことを知りながら、今も未だ震える腕の中で愛してないと別れを告げるすべを探している。



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某曲コラボシリーズ
ABCの「愛してない」をノベライズ

何が書きたかったのか意味不明\(^O^)/


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