だるい。

体が鉛のようだという表現はあまりに薄っぺらな表現だから嫌いだけれど、今まさにそれだ。語彙(というか気力)の無さに腹もたたない。体を少しずらすと、ばさばさと紙の束が床に散らばった。不快感に顔を顰める。結局あのまま寝てしまったのか。最近は趣味に手が回らないくらい眠くて、書類の山に埋もれて寝てしまうことのほうが多い。ベッドまで行くのも辛い。だるさは疲れからきているのか気の持ちようからきているのかよくわからないけれど、目を開けた瞬間にどっと嫌な気持ちになる。

なんだ、まだ生きているのか。

俺は生きていくことに疲れてしまったのだろうか。死にたいとまでは思わないけれど、その嫌な気持ちは俺を苛む。



「あー………くそ」




重い体を持て余しながら起きあがる。また書類が散らばった。苛立ってソファーを殴り付けたけど、ぼすんと音がするだけでたいした威力もない。すぐキレるなんてシズちゃんみたいだ、最悪。息を吐く。ぼんやりと眺めた外の景色が、不意に滲みだした。何なんだ、一体。上顎の奥が痛い。唇を噛み締めたのに、嗚咽が漏れた。


「ふ、ぅ…っとに……何なんだよ……」



ごしごしと目を擦っても、涙を塗り広げているだけな気がして、拭うことをやめた。嗚咽を堪えることをやめた。苛立ちを静めることをやめた。苛立つままに書類をばらまいて、机を蹴り飛ばした。たいして動かないそれを何度も蹴る。足の皮が剥けた。机の上のものを一通りぶちまけたところでへたりこんで泣き崩れた。何故泣くのだろう。よくわからない。変なのはよくわかっているんだ。なのにどうしてこんなにぼろぼろ涙が止まらないんだろう。呼吸をするのも苦しくて、頭がじんじんと痺れた。




俺の世界から色が消えた。
景色がモノクロに見えてしまう。ピンホールカメラのような景色。抑揚のない音声。周囲の音がまるで遠く彼方から聞こえてくるような、ぼんやりとしたものに聞こえる。自由に生きていたつもりだけど、ストレスなんかがたまっていたのかもしれない。小出しにできればよかったのに。失った色の代わりに、感情は激しく変化した。すぐ苛立つ。すぐに泣く。暴れる。何がきっかけになるかはわからない。理由がないときも少なくない。こんな状態になったのは1週間くらい前だっただろうか。段々と精神的におかしくなって、挙げ句これだ。苦しいというか、そんな感情を抱けないくらい精一杯で、本当に毎日生きてるのがやっと。

めそめそと泣いて、そうしている自分さえ意味がわからなくて
床を殴り付けた瞬間に、後ろから腕が伸びてきて、ぎゅうと抱きしめられた。



「ッ、………」

「臨也」

「……やめてよ」

「……………」

「やめて、放してよ!!」



腕の力は緩まない。むしろ強くなった。無駄な抵抗だと知ってるのに暴れた。馬鹿みたいに。



「放して!!俺のことなんて放っておいてよ!!死のうが死ぬまいがあんたには関係ないでしょ!?」

「臨也」

「俺の、俺のことなんて、あんたには、関係、ない「臨也」

「…、…………」

「落ち着け」






シズちゃん。
そう、シズちゃんだ。

シズちゃんは今回のことを知っている。新羅のところからセルティを経由して伝わったらしい。いきなり乗り込んできて殺してくれんのかと思ったら看護ごっこが始まった。といってもあるもので適当に料理作って俺が暴れたときにとめにはいるくらいだ。何考えてんのかよくわからないけど、色のない世界の中で他と同様に色のない彼が俺の部屋にいることは、なんだか奇妙な感じだった。最初にドアを破壊されてしまったので鍵は渡してあるから多分俺が暴れていたあたりで入ってきたのだと思う。

やっと少し落ち着いて、後ろから回された腕を握った。温かい。涙が最後にぼろぼろと落ちて止まった。沈黙が部屋を包む。居心地の悪い沈黙ではなかった。



「……ごめん」

「謝ることかよ」

「…………シズちゃん」

「何だ」

「シズちゃん」




もう一度シズちゃんと名前を呼んだ。返事は無かったけど、聞いてくれていることはわかった。



「放して」





少し間があって、するりと腕が解けた。楽になった首もとに、寂しさに似た感覚を覚えて消し去る。
振り返ればシズちゃんはいつものバーテン服でそこに座っていた。別の服着られてもあれだけどさ。目が合ったまましばらく動かないでいた。いつもなら視線をそらした瞬間に息の根止まるかもしれないから変な威圧感があるけど、今は違う。もっと自然な、優しい感じ。
そのままシズちゃんに抱き付いた。首に腕を回して、前からぎゅっと抱き付いた。しばらくしてシズちゃんの腕が腰あたりに回って、肩に乗せた顎を少し引いた。



「シズちゃん」

「あ?」

「……俺が死んだら困る?」

「別に。困らねえよ」

「じゃあ死んでいい?」

「駄目だ」

「なんで」

「駄目だからだ」




思わず弱く笑った。なんて頭の悪そうな理由だろう。俺の気持ちなんてこれっぽっちも考えてない安い言葉だ。胸くそ悪い。

体を引き離してみる。怪訝そうな表情を浮かべたシズちゃんと目が合った。


「どうして?俺のこと嫌いなんでしょ?」

「ああ」

「殺したいくらい嫌いなんでしょ?」

「………ああ」

「なのにどうして死んだら駄目なの?」

「理由なんてねえ。強いて言うなら自分から死なれるのは後味悪いんだよ」

「……あてつけ?」

「………あ?」

「シズちゃんは何にもわからないくせに、軽々しく死ぬなとか言うんだね。何それ、俺へのあてつけ?俺の気持ちなんて、何にもしらないくせに!!」





突き放した。どつかれたシズちゃんは少し驚いたように目を丸くしていた。シズちゃんにあたってるだけなのはわかっている。こんなこと言ったってどうにかなる訳じゃないことも知っているのに、癇癪はとどまるどころかどんどん加速していく。



「こんな世界で生きてかなきゃならない俺の気持ちがわかる!?世界に色がない。何も感じない。現実味がない。なのにいつも苛々して、自分の感情の起伏をコントロールできない。自分が自分じゃなくなってく。こんなの、こんな…俺らしくない……教えてよ…どうしたらいいの?」




それなのに君は死ぬなと言うのか。確かに俺の気持ちがシズちゃんにわかるわけがない。それはよくわかっている。わかってほしいわけでもない。だからどうしたらいいのかわからない。声を荒げて泣き崩れる自分に嫌悪して、また苛立つ。涙がぼろぼろと落ちては床に水溜まりを作った。
"俺"はどこへ行ってしまったんだろう。自分の好きに生きるすべを、俺は忘れてしまった。今の俺は"俺"じゃない。暴れて、泣いて、シズちゃんにあたって、それだけで。馬鹿みたいだ。


シズちゃんは怒らなかった。俺のことを哀れに思っているのだろうか。何も言わないシズちゃんの真っ直ぐな視線が怖い。見つめていると不安になって、体ががくがくと震えだした。
何してるんだ、俺は。何、してるんだ。
目を反らした。責めも哀れみもしないその視線に恐怖している。

ああでも、シズちゃんにわかる?
こんな風になってしまった世界で、生きているのは疲れるんだよ。こんなに、こんなに想ってたって、そんな相手の色すら失ってしまったんだよ。その声すら、はっきりと聞こえないんだよ。感情の暴走が抑えられない。自分が壊れていくのがわかりながら、何もできずに苛立つだけなんだ。




「…なんで」

「…………」

「なんでこんな風になっちゃったの…?」

「………なあ、臨也」

「………何」

「今の手前を、俺は殺してやろうとは思わねえんだ。セルティから話聞いたときはざまあみやがれって思ったんだけどよ。時間がたつにつれて面おがんどきたくなって、ここまできた。顔みた瞬間に、ああ駄目だと思った。今の手前は殺せないってな。死ねばいいとは思ってたけどよ、いざ死なれるとなると意味がちげえ。なんつーか、つまりだな………いつもの手前じゃねえと張り合いねえんだよ。殺し甲斐がねえっていうか、とにかく今の手前じゃ駄目なんだ」

「……何が言いたいの?」

「あー…だから、俺は手前を死なせねえ。元に戻るまで、一緒にいてやる」




シズちゃんは頭を掻きながらそれだけ言って、不機嫌そうな顔をした。

下手くそな喋り方で、言いたいこともたいしてまとめられない男に慰められるなんて、本当に俺らしくないな。でも、何故だろう。馬鹿じゃないのと笑った俺の目から、苛立ちではない涙がぼろぼろと落ちたのは、どうしてなんだろう。



今はまだ、色はモノクロだけど、そんな涙を流していると世界が少しずつ温度と色を取り戻していくような気がして、シズちゃんに再び抱きついた。



「シズちゃん」


「あ?」





「好き、だよ」









――――――――
リクエストありがとうございました!
なんか着地地点が最後まで定まらなかっ……た\(^O^)/ドーン

駄文失礼しましたm(__)m

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