※『内緒の絶望』続編
※静雄独白



俺は臨也が嫌いだ。理由なんてない。嫌いだから嫌い。それだけだ。


ふかした煙草はぎりぎりまで短くなってしまっている。散らずに残った灰がたまっているのを、構わず落とした。深夜の高架橋には人の姿はない。たまに電車が真下の線路を滑るように進んでいくくらいだ。ぼんやりと星空を見上げて、それで、ため息をついた。なんにも考えたくない。自分のした所行を懺悔するわけじゃないけれど、生きていることがいたたまれなかった。

臨也を強姦してしまった。

はじめに嫌いだとか言ったのは誰だって話だが、俺は臨也を、……うん。
頭に血が上っていたんだ。言い訳にしかすぎないけれど、むしろそれしか言うことはない。
首筋に残った鬱血痕。死にそうな青白い顔。ぬちゃりと残った知らねえ親父の精液。

なんだよそれ。何してんだノミ蟲が。
意味がわからなかった。臨也がホモだったことも、どこの馬の骨かもわからない男と性交していたことも、俺には関係ないはずなのに、吐き気がするくらい認めたくなくてどうしようもない。なんで臨也はあいつに抱かれたんだろう。あんな顔して、ちっとも幸せそうじゃなかった。それなのに何故。臨也は金を受け取って抱かれたと言っていたから、売春と呼べるだろうか。男だけど。


あの日は星が綺麗な夜だった。何かいいことがありそうな気がしていて、無意味に機嫌がよかった。トムさんと今日の仕事もあと一件ですねと話して空を見上げた。都会には珍しく満天とはいかずとも綺麗な星空。そんな中で、臭いがした。それは俺の特殊能力とも呼んでいいだろう。ノミ蟲野郎、もとい臨也の臭いがしたんだ。


だから臨也とホテルのフロントで出会ったときにああやっぱと思う一方で、まさかと驚いてもいた。そして、見てしまった。

知らねえ男。
血色の悪い顔。
首筋の鬱血痕。
動揺を隠し切れていない弱った表情。

臨也。




電車が走っていく。静まり返った周囲にその音はわざとらしく大きい。

俺はなぜ泣いたんだろう。辛かった?どうして?辛いのは強姦された臨也のほうだ。俺は自分の欲を臨也に吐き出しただけだ。嫌いな男と抱き合って性交する。普通じゃない。頭がおかしいとしか思えない。止まらなかった涙の理由を俺は知らない。知りたくない。あいつはそんなんで傷付くたまじゃねえことくらいわかっているつもりだったけど、そう思い込もうとしているだけだけど、俺は臨也に傷をつけたんだ。喜ぶべきことだ。それなのに。
ぎり、噛み締めた煙草が苦い。吐き出して灰皿に入れた。


「………臨也」



答える相手はいない。いたら困る。あのあと何かいたたまれないというか胸が張り裂けそうになった俺は臨也を置いてとっととホテルを後にした。最低だ。わかってはいたけど、苦しくてとてもじゃないがあの場に留まっていられなかった。あれから臨也に会っていない。もともと住んでいる場所が違うのだから臨也が池袋に来なければそれでおしまいなのだ。

もしも臨也がもう池袋に来なくなったら、二度と会えないのだろうか。

俺があんなことしたばっかりに。

臨也のことだ。忘れた頃にけろっとやってくる…と思いたい。大嫌いな男に最低のことをされたんだ。もしかしたら、本当にもしかしたら、臨也はもう俺の前に現れないんじゃないか。

……どうして、喜べない。

もう二度と臨也と会わなくて済む。俺が臨也を殺した殺人犯として捕まることもない。あいつは初めから何もなかったかのように姿をくらますだろう。それでいいじゃないか。相手は臨也なんだ。後ろめたいことは何も――――


『シズちゃん、ごめんね』



ない、はずなのに







俺は臨也が嫌いだ。
いつだって訳わかんねえことして俺をうだうだ悩ませる。めんどくせえことに巻き込む。

でも、俺は臨也が誰か知らない奴の物になるのを恐れた。自分から離れるのを恐れたんだ。この意味がわかるか。俺は何より嫌いだったはずの臨也を自分の物にしたがったんだ。でもそれがうまくできなくて、臨也が欲しいとそればかりが先立って、それで―――辛くなって泣いた。子供のわがままみたいだ。本当は、あんなことしたくなかった。強姦まがいの性交じゃなくて、


なくて、なんだ?

俺は臨也が嫌いなんだろ?


臨也、なんで池袋に来ねえ。会いたいとか、思わせんじゃねえよ。
どの口が会いたいなんて言えるだろう。強姦なんてしたくなかったとはいえ、それしかすべを知らなかった俺は不器用すぎた。どうしたらいいのかわからずに、自分も臨也も泣くほど傷付けて、俺は一体何を得ただろう。何一つ。失っただけじゃないか。ばらばらに、解けるように。

自分に吐き気がする。昔みたいに自分が嫌いだとか最近は思わなくなっていたけどぶり返しそうだ。俺は最低だ。


傷付けたくない。
なのに体は止められない。
臨也が欲しい。
傷付けたくない。傷付けたくない。傷付けたく、ない。


なのに傷付けてしまった。



失ったものは大きすぎた。まだ間に合うだろうか。すくい上げてもきっと全部は無理だ。それでも、まだ取り戻せるものがあるなら、俺は、


臨也に、会いにいこう。




――――――――
まだ続きます
内緒の絶望の続きというか静雄verって感じですね






人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -