臨也が壊れた。



荒れた部屋の隅で、白いタオルケットに包まって震えている。不意に気付いたようにのろりと立ち上がると風呂場へ行き、体をスポンジで擦りはじめる。最初はただ普通に洗っているだけなのに、そのうち何かに怯え、肌を削ぐ勢いで狂ったように身体中を擦る。それが終わればまたタオルケットに包まって震えている。1日の中でやることはそれだけだ。臨也は壊れてしまった。


理由は悲しいくらいよく知っていた。俺が知らない間にレイプされたらしい。いつも通りに喧嘩して、嫌な笑顔を向けていた臨也が、次にあったときにはもうこうなっていた。馬鹿じゃねえのと言えてしまえば楽だったのだ。それができなかったのは、俺が臨也を、




「臨也、」

「………………」

「臨也、おい」

「………………」

「ッ、いい加減にしろよ!」

「……………」




ぽろぽろと、涙が落ちていた。臨也が泣いた。感情のない目から、絶えず涙が落ちる。わかってるんだ。きつく言ったからって臨也が帰ってくるわけじゃない。だけど優しくするなんて、今更どうしたらいいのかもよくわからないから、なすすべがない。



「………い、」

「……?」

「落ちない、落ちない落ちない落ちない落ちない落ちない、嫌だ、嫌、落ちない落ちない落ちない」

「なんだよ、何が落ちないんだよ」

「落ちない、落ちない、落ちない!」




いきなり臨也は立ち上がると風呂場へ走っていった。また体を擦りに行ったのだろう。その行為の意味が俺にはわからなかった。何が"落ちない"のかわからなかった。わかるわけがないんだ。俺は臨也じゃねえし、レイプもされたこともねえ。臨也が何にそんなに怯えているのか、俺にはわからない。飯を作りにきてやってはいるが、臨也は自分からは食べない。俺がスプーンで強引に口に突っ込んでいる状態だ。目の前に俺がいるというのに、まるで見えていないかのように振る舞う。呼び掛けてもほとんど答えることはない。臨也は本当に壊れてしまった。風呂場へ向かう。やっぱり身体中を擦り続ける臨也がいた。



「ひ、うッ、ふ、落ちない、落ちないよぉ、ひく、ひく」

「臨也」

「……ああ、ああぁ、あ」

「いざ、や」




擦る手を掴んだ。息をのんだ臨也がやっと俺の顔を見る。怯えている。やめて、やめてと暴れる臨也を抱きしめた。赤くなった腕。細くなった体。泣き腫らした目。見ていられなくて抱き締めただけだ。臨也、もう一度呼んでも、臨也は震えているだけだった。



「臨也、何が怖いんだ?何を落とそうとしてんだよ」

「…………、が…」

「……臨也…?」

「あいつの、………精液が、落ち、ない」

「…………ッ…」

「、けて、助けて、助けて!!……怖い、助けてよ、シズちゃ、ん」

「………どうしたら、いいんだよッ……」





こいつはこうして犯されている間中、俺に助けを求めていたのか?大ッ嫌いな俺に?そう思ったら胸が張り裂けそうだった。俺はこいつを何もわかってなかった。今もちゃんとはわかってない。だから聞かせてくれよ。何でこなかったんだって、怒ったって泣いたってなんだっていいから、だからちゃんと俺を見て話してくれよ。いくらでも聞くから。なあ、臨也。

呼び掛けたって臨也は答えてくれない。だってもう壊れてしまった。大丈夫だと抱きしめても、臨也は怖がって暴れた。放してやれば今度は風呂場を飛び出してまたタオルケットに包まって部屋の隅で蹲る。どうしたら、臨也を安心させてやれるんだろう。もうあんなことはないのだと、どうしたら教えてやれるだろう。俺がどのくらい臨也のことを愛しているのか、どうしたら知らしめてやれるだろう。俺にはわからない。不器用なこの腕じゃ、臨也を救おうとして余計傷付けてしまうかもしれない。俺はそれが怖いんだ。臨也を助けてやりたい。こんな俺に助けてと手を伸ばした臨也の手をとってやりたいんだ。


「臨也、もういいんだ」

「……………」

「もう、怯えなくていいんだ。俺が守るから。だから」

「……………」

「守られるほど落ちぶれちゃいねえって、笑ってみせろよ………」




臨也はビー玉のような目で俺の向こう側を見ていた。届かない。届いていない。腑甲斐なさに唇を噛んだ。精一杯応えるように涙を流す臨也にそっと口付けた。きっといつかわかってくれる。きっといつか戻ってきてくれる。信じながら、俺は臨也が笑えるようになるのを待ち続けているんだ。



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久しぶりに病みイザ
あえて静→(←)臨みたいにしてみました

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