「影送りってさあ、昔やらなかったかい?」


耳についた問いは堪えるような笑いを含んでいた。
あまりに唐突な質問に、はあと口から出たのは間抜けな声。仕方ないだろう、それくらい唐突だったんだ。僕の返事を待つ臨也さんは楽しそうに振り向いた。



「やりましたけど…」

「あれ子供ながらに感動したんだよね。空に自分の影が映し出されるの。今考えるとなんてことない目の錯覚なのに………って聞いてる?」

「あ、すいません」



この人にも子供時代なんてあったんだなと失礼なことを考えていたら急に顔を覗き込まれて驚いた。割に口から出た声はさして驚いていない。僕の気をもう一度自分のほうへ持っていったのがうれしいのか、ふんと鼻を鳴らしていてなんか猫みたいだ。相変わらず臨也さんのことはよくわからない。何を考えているのか、全く想像もつかない。難しいことを考えていそうなのに、急に影送りの話なんかし始めて…本当に謎だ。何が言いたいのかを探るように目を向けた僕に気付いていたのか、臨也さんは言葉を続ける。


「子供のころって、何でも新鮮ですごいことに感じるもんだよね」

「今はそんなことないって言いたいんですか?」

「え?いいや、違うよ。そんなわけないじゃない。今だって新鮮ですごいものに感じてるよ、"人間"って生き物を」

「はあ…」



本日二度目の気の抜けた相づちは、ぼんやりと空気に溶けた。本当にこの人は…わからないなあ。臨也さんは笑って怪訝そうな顔を向けた僕の眉間をぴんと指ではじく。痛いですと顔を顰めれば、痛くした覚えはないんだけどねえと軽くあしらわれた。

学校が終わって、園原さんと正臣と別れたあと、いつからつけていたのかどこからともなく現れた臨也さんは何の前触れもなく現れたときと同じくらい唐突に影送りの話を始めた。僕が間抜けな顔で「はあ」というのも無理はないはずだ。まるで僕が一人になるのを待っていたかのように現れたんだから。うわ、そういうとストーカーみたいだ。


影送りというこの遊びは、昔から伝わる一種の目の錯覚というか、残留する影が空に映るというだけなのだが。この遊びを題材にした話なんかを小学生くらいの国語の時間にやった気もしなくもない。なぜそれを突然話題に持ち出したのか理由はまるで見当もつかなかったけど、臨也さんのことだから、何か考えて言ってきたのだと、思うん、だけど…。

何度も言うけど本当にわからないからなあ、この人は。

なんて考えていたら



「別に影送りの話を急にした理由はないし、学校から帰ろうとする君を待ち伏せていた訳じゃないよ。そんなに俺も暇じゃないし」


と言い放たれて、エスパー!?と思うと同時に、なんとなくもやっとした。なんだろうこれ。偶然なんですねと言う前に、偶然見かけたんだよと言われてあとはもう押し黙るしかない。待ってたわけじゃないのか。…いや、いいんだけどさ。僕だって出会うまで臨也さんのことなんて忘れてたし、偶然ならだからなんだっていうんだ。別に臨也さんに待っててほしかったとか、そういうことはあるわけない。


あるわけないんだけど。



「待っててほしかった?」

「え?」

「俺が偶然じゃなく君に会うためにここで待っててほしかったのかな?」

「え、は?いや、あの、……ち、がいます」

「違う?ふーん」




一歩前、縁石の上でバランスを取りながら鼻歌混じりに歩いていた臨也さんはくるりと振り返って立ち止まるから、僕も、自然と足を止めて、



「俺はてっきり"僕のために待っていてくれたらよかったのに"って」



ああもう、本当に



「思ってると思ったけど?」







顔が熱くなるのがわかって、下を向いたらもじもじと恥じている影が道路に映し出された。ああ、僕だ。格好わるくて情けないこの影は僕の影だ。隣に並ぶ臨也さんの影が揺れた。じっと影を見つめる。突然臨也さんの「影送りってさあ、昔やらなかったかい?」という言葉が蘇って、僕は数を数えはじめた。

2までいったとき、臨也さんがさーん、よーんと数えはじめて、本当にエスパーじゃないのかなと思わず笑ってしまった。

10で空を見上げる。僕の格好わるい影はちかちかと空に浮いていた。



「俺のほうから見ると、手をつないでいるみたいに見えるよ」


にっこりと笑った夕日に染められた顔に、僕も思わず綻んだ。夕焼けの中、二人で歩く帰路に、もう少しだけゆっくり帰りたいなと思った。



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臨帝で甘め。
下手するとすぐ暗くなってしまうよ、この二人


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