秋晴れの空はムカつくくらい綺麗で、見上げることすら難しい今の状態を恨んだ。去年の今ごろは何をしていたっけ。考えるだけ無駄なことを考えないといたたまれなくて、すすり泣きを聞くだけ。

静雄は滅多なことじゃ泣かないけれど、俺との関係について話すときはすぐに泣きそうになる。理由はよく知らない、と言ったら嘘になるだろうか。関係、とは別に恋仲とかそういうわけではないのだけれど。遠からず近からずだ。好きだなんだについてもめてるのは間違いないのだから。

静雄を可愛がってきた。それは認めよう。俺の後ろをひょこひょこついてくる様子は確かに可愛い。トムさん、トムさんと俺を呼ぶ静雄も可愛い。だけど、それは恋愛感情ではない。可愛い後輩、そういうこと。そのはずだ。嘘などついていないし、何もやましいこともない。

ない、つもりで




「トム、さん」

「……うん」

「お願い、します。言ってください」

「……………」



「好きだって、言ってください」







ひくっとしゃくりあげた拍子に涙がぼろぼろと落ちた。相変わらず泣き方は可愛らしいな。子供みてえだ。

手元では吸われずに縮んでいく煙草が散った。携帯灰皿を出したかったけど目をそらせない。見惚れていた?わからないけれど、静雄の涙が俺の胸を締めていく。痛いくらいに、ぎりぎりと。


「静雄」

「お願いします…、嘘でもいいから…」

「ごめん」

「嘘つかないで下さい…」




どうすりゃいいんだ。嘘をついてほしいのかつかないでほしいのか。言ってる本人もよくわかってないんだろう。ごしごしと擦るから目は赤くなってしまっていた。手を伸ばして涙を拭う。無意識にごめんとまた声が零れた。




「嘘じゃないですか」

「何が…」

「ごめんって、謝るのは嘘です」

「………何が言いたいのかよくわかんねえよ」

「好きって言ってください」

「……静雄……」

「俺だって馬鹿じゃないっすから」

「…………」

「それくらいわかります」

「………俺はお前を好きにはなれない」

「………、……」

「好きにはならない。ごめんな静雄」






それは嘘だと、静雄は言わなかったけど
嗚咽が耳に残ってしまった。謝るしか俺にはできない。それでも、静雄は納得していないだろう。当たり前だ。こんな言い方で、納得するほうがおかしい。謝るだけとか、もっと他に方法はあるはずなのに。俺はそれを探そうとすらしない。ほら、本当に大切なら、こんなふうに傷付けたりしないだろう。俺は結局そういう人間だ。



「俺じゃお前を幸せにできない」

「………いつも、そうやって大人で、俺ばっか、子供みたいで、トムさんはずるいっすよ」

「………ごめん」

「トムさん、俺、トムさんが好きなんです。だから、同じ土俵に立ってほしいんすよ。高みの見物じゃなくて、俺をちゃんと、見て…」




高みの見物ね。確かにそうだ。俺は嘘をついているかもしれない。本当は静雄のことが死ぬほど好きなのかもしれない。でも、俺はこうして傍観者ぶっている。静雄のためとか言って、俺がただ傷付きたくないだけなのかもしれないのだから。俺はずるい。静雄の言うとおりだ。わかってる。だけどどうしたらいいのかよくわからないんだ。


「こんなにお前を傷付ける奴が、お前は好きなのか?」

「傷付いてなんかないっすよ。俺は打たれ強いのだけが取り柄ですから」

「でも泣かせてるぜ?」

「俺が勝手に泣いてるだけっす」

「…………そか」





そこでやっと空を見上げた。秋晴れの空には雲一つない。日が傾きかけてオレンジ色に染まっている。俺はどうしたいのだろう。嘘を吐いているつもりはない。ただ、静雄を傷付ける俺が、本当に好きになっていいのか、そればかり気になって。俺は好きではないと嘘を吐く。静雄にはそう見えているんだろう。そうだ、嫌いなわけないじゃないか。間違いではないんだ、その好きが同じ物なのかはわからないけれど。静雄を好きにはなれない。そうも思う。大切にしたいから、傷付きたくないから、俺は静雄を愛してやれない。その考えがすでに静雄を傷つけていることも知っていた。ああ、うざったい思考回路だ。もっとシンプルにいれたら、そう、静雄のように純粋であれたなら、きっともっとうまくいく。わかっているんだ。でも





「好きだって、言ったらそれでどうなんだ?」

「……え……」

「嘘でも好きだって言ったら、お前は満足なのか?」

「………」

「俺はお前を愛してやれない」

「それは……」

「………うん」




「それは、俺が化け物だからですか?」




驚いて顔に視線を戻す。静雄は、誤魔化すように苦笑していた。そんなこと、あるわけがないのに。何言ってるんだ。でも、その一言が妙に腑に落ちて、静雄の苦しみが全部理解できたような、そんな気になった。できるはずのないことなのは百も承知だったけど。泣き出しそうに笑った静雄の顔から、俺は目をそらした。俺じゃだめだ。だめなんだ。静雄にこんなこと言わせているような俺が、静雄に好かれていいわけがない。そんな権利、ない。



「ごめん」




最低だとわかりながら、俺はそれは違うという言葉を飲み込んで最低な言葉を口にした。それ以上静雄の顔を見れなくなった俺を、澄み切った空が受け入れてくれるわけもなかった。




――――――――
自分なんてだめだと思っている暗いトムさんが好きです。

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