愛しているのかと尋ねられたら、首を横に振っただろう。

大嫌いなのかと尋ねられたら、何も答えられなかったろう。


だからいいのだ。今こうして眠り続ける彼は、あの日から何も変わらない。俺も何も変わっていない。だから、目覚めたときに答えられる言葉は変えないでおくよ。君のために。


シズちゃんは半年前に突然意識を失ってそのまま。新羅の知り合いの病院のベッドを占領した彼は、今も確かに生きている。理由はわからない。新羅がいうにはあまりの筋肉の成長スピードに脳のほうが処理できなくなってしまったらしい。人の脳も意外とたいしたことないんだな、とも思ったけれど、彼の化け物じみた筋力を考えると一概にそうとはいえなかった。これは仕方のないことで、彼は永遠に目覚めないのと誰かに言われたなら、ああそうかと納得もするし、反発もしない。なぜかといわれたらそれはわからないけど、彼が起きても起きなくても俺には関係ないと心のどこかで思ってるからかもしれない。いや、本当は、起きなければいいと思っている。自分のことなのに、憶測の域から出られないのだけれど。


シズちゃんが意識を失う前、俺たちはよくわからない関係だった。体は重ねる割に心は重ならないというか、始めたのは興味本位だったし、きっと彼もそうだったろう。嫌い、と言ってしまえばそこまでだけど、なんとなくそれとも違って、でも愛してはいないから愛をささやきあうこともなかった。俺が愛してるのは人間、それだけ。嫌がらせの一環として彼をなびかせただけ。それだけ、なのに


彼が目覚めないことがなぜかひっかかって、目覚めなければいいと確かにどこかで思っているのに、目を覚まさない彼をもどかしく思ってもいる。何度も言ってるけど、理由はわからない。わからないんだ。




「永遠に目覚めないのか、もうすぐ目覚めるのかはっきりしてよ」




呼び掛けにも彼は応じずに、うぜえと悪態をつかれたあの声が妙に懐かしく感じられた。脳内で薄れることもなく流すことができるその音声は、もう半年近く俺の鼓膜を揺らしていない。それは酷く乱暴で乱雑な、シズちゃんらしい音だった。それが今はどうしてだか優しく感じる。その気持ちをなんと呼ぶのか、俺にはわからないけど、何度も、彼が呼ぶ俺の名を再生するのは―――





俺はなぜここにいるのだろう。
好きでも嫌いでもない男のために、毎日のように病院を訪れるのはなぜだろう。そんな相手の入院費をせっせと払っているのはなぜだろう。

こいつのことを考えるとこんなにもしくしくと胸が痛むのはなぜだろう。




優しさなんかじゃない。同情でもない。ただ、眠る彼に心がひっかかってしまっただけ。




「ねえ、シズちゃん」





君が目覚めたときに、俺のことを忘れていたらどうしよう。どうにもならない。だけどそう考えると体が震えた。そんなこと煩わしいから、君が眠ったままでいてくれたらいいのにと思うんだ。忘れられてもかまわない。ただ、それは癪に触る。だから、覚えてないならいっそ眠り続けていてほしい。そうすれば、彼はあの日と同じまま。眠る前の、彼のまま




愛しているのかと尋ねられたら、首を横に振っただろう。
尋ねられたことなどなかったから。君は尋ねる前に眠ってしまったから。
愛していないのかと尋ねられたら、俺はどうしただろう。
そんなことを尋ねてくるような人間でないことくらい知っていたけれど、もしもそう尋ねられたら、俺はなんと答えただろう。嫌いでも、好きでもないその気持ちの答えを、なんと形容しただろう。


「あんたが、馬鹿みたいに眠ってるから、余計なこと考えちゃうんだよ?……ねえ」




ぽた、

ぽたぽた、



覗き込んだシズちゃんの頬に、水滴が3つ並んだ。なんだろうと一瞬思って、自分の頬に手をやって今更ながらああ泣いてるのかと思う。妙に冷静に、理由もわからずに、俺は感じるままに涙した。自分の奥底から意味のわからない涙が次々と流れ出ては落ちた。


「起きてよ、シズちゃん」


ああでも、起きないでくれ。矛盾が自分を責める。そうするとまた涙がするすると落ちた。

どうか、眠る前と同じまま、その目をあけてくれ。

そんなちっぽけな願いを眠る君におくるのに、君は、きっといつでも俺を裏切っていくんだ。

だから、シズちゃんのこと嫌いなんだよ。
そう思っても、キライと言う音はムカつくくらい優しかったんだ。




―――――――――
眠れる池袋のシズちゃん。
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