「キスがしたい」




そんな言葉に、目を細めた。最期の最期までお前はらしいなと、そう思って。
わがまま、というよりも利己的というか、もっとこう、可愛らしさのない言葉なのだ。

愛してる?
尋ねられて、髪をよせた。愛している、だろうか。こんなにいろんな管に繋がれて、なのに、ぴ、ぴ、となるこいつの心音が少しずつ弱っているのもわかっていて、命って、なんて儚くて、か弱いのだろうと思った。
あれほど死ねばいいと願っていたこいつが、今こうして最期を迎える。俺はどうしてこんなところにいるのだろうか。腐れ縁のその縁のせい?違う、そんな、簡単なものじゃない。



「ねえ」





急かされる。
妹たちのすすり泣きが部屋に響いた。闇医者の眉間に皺が寄った。セルティの肩が震えた。門田たちの目が逸れた。

臨也だけが、俺を見て。



キスがしたい、それは、少なからずここにいるものたちに衝撃を与えただろうが、俺は、至って冷静に、






「臨也」

「…………、ちゃ…ん」

「………臨也」

「キス、してよ…」

「…………、…」



なんだよ、冷静なんだろ?
なのに、なんでこんなふうに震えているんだろう。
臨也、臨也
わからねえけど、お前がそんなふうに笑うのがもう見れないのかなって思うと、嫌だと思う、嫌だ。

臨也、


最期の願いがそんなことでいいのか?
キスがしたい、なんて、そんなことでいいのか?

確かに、俺にできることなんて、そんなことくらいだけど、俺は、


俺はな、臨也


失いたくない。
お前が、いなくなる世界を、受け入れたくない。
臨也、なあ



外された呼吸器。
延命治療を拒絶した臨也は、もはや自発呼吸もままならない。あとは、緩やかに死んでいくだけ。


キスをしよう。
最期の瞬間まで、俺がお前を想っていたのだと言葉にはできないけれど、それがお前に伝わるように。

キスを、しよう。



その、乾いた唇に、そっと唇を重ねた。ゆっくり、重ねて、ゆっくり放して、それは確認するような、優しい、だけど悲しい別れの合図で



もう言葉を発さなくなった臨也は、顔を上げた俺と目を合わせて、ぼろりと涙をこぼした。いつもみたいに笑ってなんていなくて、ぼろぼろと涙をこぼすばかりで。


「ひでえ顔」

「……………」

「何つー顔で、泣いてんだよ、ばーか」

「……………ッ、…」

「臨也、ばか、やろ……也、…いざ………い、ッ……」


ああ、きっと、俺も今酷い顔してる。
酷い顔してるよな?だから、笑ってくれよ。いつもみたいにバカにしてくれよ。ああ、お前の顔、もっとちゃんと見ていたい。最期のそのときくらい、ちゃんと、見ていたいのに、滲んで見えない。見えない、見たくない。

臨也、臨也、死ぬな、死ぬんじゃねえよ、バカ野郎。
お前は俺が殺すって決めてたのに、なんで、こんなとこで死ぬんだよ、なんで、なんで、








いつか、平穏が訪れることを願っていた。
いつか、俺の力が消えて、邪魔するノミ蟲も消えて、そのあとにやってくる平穏を俺は夢見ていた。
平穏、なんて空想でしかなかったのだけれど、せめて名前負けしないような生き方がしたかったのに


そうだよ、それだけなんだ。

その生活のために、こいつは邪魔だった。平和に生きていくためには、この男は邪魔だったのだ。だからこそ、こいつを殺したくて仕方なかった。

だけど、臨也は、俺が手を下す前に、







臨也は、病気だった。
余命半年。奴はそれを隠していた。奴は、それを隠して、限界まで池袋で俺にちょっかいをだしに来ていて、最近見ねえと気が付いたときにはもう手遅れで、臨也はすでに入院していた。
その話を耳にして、ざまあみろとほくそ笑んだ一方で、一人きりになった部屋で、俺は泣いた。声をあげて、子供のようにわんわん泣いた。なぜ泣いてるのかもわからずに、俺は泣き崩れた。
寂しいんじゃない。心細いんじゃない。ひたすら零れる涙の意味を、俺は知りたくなかった。なぜ泣いているのか、俺は認めたくなかった。


臨也が死ぬ


そんな事実を受け入れたくなかった。ざまあみやがれとほくそ笑みながら、現実から逃げたくて仕方なくて。

ああ、臨也。だからお前が嫌いだった。いつもお前の身勝手が俺を苦しめるから、最期くらい俺の思い通りに生きてくれさえすれば―――今までのことは水に流そう。それで、始めから恋に落ちよう。それがいい。

だから死ぬなよ、臨也。



「……くそ、くそッ馬鹿野郎、臨也…」

「…………ズ、ちゃ……ん」

「………あ」

「ありが……、とう」






そう言った。
言葉が、驚くくらい耳に残った。うっすらと笑って臨也はつぶやいた。嗚咽に混ぜてそう言った。息も絶え絶えの臨也は、俺にお礼を言って死んでいく。あの日々の結末が、これなんだ。今この瞬間なんだ。


さよならとは言わない。俺なんかが言えるわけがない。いつかまた会えたとして、この別れは辛すぎた。


ありがとうだなんて、言われることなどしていない。ただ、最期のキスがしたいという彼のささやかな願いを叶えてみせただけだ。



「お礼言うくらいなら帰ってこい」




ピーという間延びした音を、きっと一生忘れないと思った。目を閉じた臨也の目蓋から最期の涙がこぼれ落ちて、医者は手首の時計を見て時間を告げる。これから先、俺はこの時間になるたびにこいつを思い出すのだろうと思ったら、辛くて仕方なくなった。忘れることなどできない。それほど、俺の中をこいつが占めていたのだと、改めて理解して、今更だと唇をはんだ。


なあ臨也、幸せだったか?


俺は幸せなんかじゃなかった。なんの因果か世界で一番嫌いだった奴を、いつからか世界で一番愛していて、そいつを今失ったんだ。臨也、せめてお前が幸せだったならなあ。そうすれば少しは報われるんだ。ほんの少しでも。

ああ、生きているお前ともう一度キスがしたい。
なにもかもを知っていた、大嫌いで大好きな、お前と。


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ただ臨也が死ぬだけの話。
何が書きたかったのかは僕が聞きたい

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