「なん……だと…」






俺の名前は紀田正臣。

ただいま絶体絶命の危機に陥っている。



「スプーンが……ない!?」







高校が終わり、今日は奥手な帝人くんのために先に帰っていた俺は立ち寄ったコンビニでプリンを買った。それを公園で閑かに食べようとビニール袋をあさったときだった。


スプーンがない。


一番近いコンビニには距離があるし、そのためだけに来た道を戻ってわざわざスプーンをもらうってどうなんだ。だけど俺の口はもうプリンを迎える準備ができている。いやむしろもう歓迎パーティーが始まっている。ここで「やっぱ無理」はきかない状態だ。

食べたい。無性に。食べれないことがわかるとなぜか余計に食べたくなるのは人間の性なのかくそ本当に食べたいプリンプリンプリン……。


「こうなったら……スプーン捜索隊、しゅつどーう!!」




「何、スプーン捜索隊って」

「およ?」





勢いよく腕をあげた瞬間に後ろからかかった聞き覚えのある声に振り返ると、そこにいたのは奥手くん……もとい帝人と杏里だった。飽きれたような顔で見つめてくる帝人に体も振り返ってプリンを片手に口を開いた。



「ちょうど良かった!帝人、杏里、スプーン持ってないか?」

「スプーン?」

「……あの、お箸ならあるんですけど」

「何!?杏里の箸なら大歓げ「だ、だめだよ!!」

「なんだよ帝人ー」

「…もー…スプーンならもってるよ?」

「マジか!」

「ほら」



差し出されたのはスプーン……だったけれど、首のところからぐにゃりと90度折れ曲がった、"かつてスプーンだったもの"。


「おおぅ……お、おしい!何かおしい!」

「この前テレビ番組でさあ、誰でもできるスプーン曲げ講座やってて……はじめたらはまっちゃったんだよ!練習するためにいつも持ち歩いてるんだ!正臣もやる?」

「いや、遠慮しとくし……それじゃ使えねえな…」

「まあ実用性はないけど…家にあるスプーンも全部曲げちゃったしなあ」

「お前スプーンなしでどういう生活してんだ」

「今はおたまで代用してるよ」

「……お前たまにさらっと笑顔ですごいこと言うよな」

「ごめんなさい、力になれなくて」

「ん?いいってことよ!こんなことでこの紀田正臣が挫けるとでも!?それじゃあなー」

「あ、うん。じゃあ」

「さようなら」







さて困った。このプリンを買った店とは反対方向に歩きだしてしまった。よそ様のコンビニに立ち寄ってスプーンだけいただくのも気が引けるし…だからといって別のものを買う金も持ち合わせていない。というかもったいないしそんなに食べる気もない。最悪口の上でぷっちんするか。いやいやここまできたら味わって食べたい。諦められるかっての。



「あれ、紀田くんじゃーん」

「こんなところで何してるんすか?」

「狩沢さん、遊馬崎さん!いや、ちょっとスプーン探してて」

「スプーン?」

「スプーンならドタチンさっき使ってなかった?」

「何か用か?」

「門田さん、さっきのスプーンどこやったんすか?」

「あ?捨てたけど」

「「「捨てたあ!!?」」」

「え、あ、あぁ」

「なんだ……ないんですか…」

「ごめんねー紀田くん。ドタチンが変に期待させて」

「本当、門田さんがそんなこと、まさか捨てるなんて」

「いいんです…。期待した俺も間違ってたんですから」

「おい、俺が悪い感じでまとめるのやめろ」

「まー…ないならしかたないっす!ありがとうございました」

「いーえ」

「じゃあな」




ここもだめだったか。そういえばサイモンのとこならありそうだな。ああ、だめだ強引に寿司代払うはめになる。スプーンのためにそこまではできない。


とぼとぼ、足取りも重くなりはじめている。こんなことなら家帰れば良かった。今更帰るのはなんか負けた気がするし…最初にコンビニに戻ればよかったんだ。そうしたらこんな放浪者みたいにならなくてもすんだのに。夕日が痛い。どうしよう。




「やあ」



その声は夕焼けには似合う澄んだ音。でもその主の腹のそこがちっとも澄んでないことぐらいよくわかっていた。



「う…わ………臨也さん」

「うわとは酷いなあ。なんだかスプーン探してるらしいじゃない。プリンでも食べるの?」



本当どこから情報仕入れてくるんだこの人は。

怪訝そうな顔を向ければいやだなあと臨也さんは笑った。


「別に君のこと調べてたわけじゃないよ。たまたま帝人くんたちから聞いたんだ」

「……帝人たちにはかかわらないでください」

「怖い怖い、だからねほら」

「……スプーン?」

「そ」




差し出されたのはコンビニでもらうことのできるプラスチック製のスプーン。確かに、俺が今一番求めているもの。


「何が目的っすか」

「やだなあ、そんな意地汚い人間じゃないよ俺は」

「………い、いりません」

「遠慮しないでよ、ほら」

「遠慮なんてし――――どがあん!!!





轟音。

俺の鼓膜を叩きつけるように揺らしたその音は、目の前に突き刺さった自販機が発した音だということは嫌というほど理解できた。そしてそれを行った主も、その理由まで、俺には即座にわかった。とりあえず今の状況は


「やっべー…」





「見ィつけたあー…いーざーやーくんよー」

「挨拶代わりにとりあえず何か投げる癖治したほうがいいと思うよシズちゃん」

「黙れくたばれ死ね」

「くたばれと死ねは同じ意味だよ」

「ああそうかい、じゃあ死ね死ね死ね、死ね!!」

「おっと」



空気を切り裂くようにひっこ抜かれた標識がフルスイングされる。ぶんと重々しい音が耳に付いて、じゃあねと笑う明るい声は一気に遠ざかっていった。

「あははは、シズちゃんのばーか」

「待てゴラア!!」



「あ、スプーン……」



ぽつんと置き去りにされた俺は、まるで嵐がすぎたような感覚に襲われていて、今更震えが来た。逃げるならせめてスプーン置いていってくれればよかったのに。なんて、呑気なこと考えてる場合か!


日が落ちかけた池袋に足もずしりと重い。だから最初から戻ってればとまた同じ後悔を繰り返しながら家路につこうとした。諦めろ。多分神様は俺が嫌いだ。じゃあ俺が頑張っても見つかるわけないんだから。



「正臣ー!」


「あ?帝人?」

「よかったあ見つかって」

「息乱してどうしたし」

「はあ、はいこれっ」

「……あれ」



差し出されたのは、紛れもなくスプーン。しかも前回見たときとは違う、ちゃんと首がまっすぐのやつで


「これ……なんで」

「いや、あのあとたまたま黒バイクさんに会って、スプーン曲げちゃったの戻してもらおうと思ったんだけど……ほら、なんか超能力とかありそうでしょ?でも『こういうの専門じゃないからなあ』って断られちゃって…あ、でもそのあと平和島さんに連絡とってくれて、スプーンは平和島さんに直してもらったんだ!すごかったんだよ?こうぎゅうって」

「臨也さんにも会っただろ?」

「え?あ、うん。平和島さんに会う前に丁度会ったよ。そのあと平和島さんにそのこと言っちゃったらすごい形相で追い掛けてったけど……もしかして会ったの?」

「あ、ああ、まあな。つーかスプーン!」

「あ、そっか。はい、正臣」

「プリン……ッー…」

「?」

「やっぱ持つべきは友だな!ありがとな帝人ぉ!」

「いたた痛いよ」



やっと手に入ったそのスプーンは、なんだかただのスプーンじゃなくて、池袋を凝縮したような、絵本ででてくる魔法の剣のような、そんな特別なものに感じた。池袋を歩き回った結果、手にできた特別な。


感慨深い。
食べるのを躊躇うくらい。俺は今猛烈に感動している。この瞬間のためにどれだけ苦労したと思ってるんだ。

早速、プリンのふたをめくってスプーンを突き立てた。


「…………」

「おいしい?」

「………ぬるい」

「え?」

「なんだこれ、超ぬるい!」

「…………」

「……………」


「「あはははは!!」」





握りしめていたプリンはすっかりぬるくなっていて、うまいとは言えない代物だった。ぬるくてどろっとしてて、初めから戻っていればおいしく食べられたのはわかりきっていた。
けどよかったと思う。なんだかんだで楽しかったし、久しぶりにいろんな人と話した気がする。プリンなんかに一喜一憂させられて、ああなんて平和なんだろう。
こんなくだらないことで肩を組んで笑える奴がいて、俺のために人をかいしてわざわざスプーン届ける馬鹿がいて、まあどっちも同じ奴だけど。

まあ言いたいことはあれだ。


やっぱり持つべきものは無二の友だな!帝人!



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オチはない。
一作品の中でこんなにキャラクター出したのはじめてだ
ラストを飾れ!の猪口さんが帝人サイド書いてくれるらしいwktk
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