・5月と若干リンク



「つーゆー……」

「そういえばお前毎年この時期そんな感じだったよな」



仲良く……ってわけではないけど、珍しく喧嘩もせずに隣に座る自動喧嘩人形に、えー?としかめた顔を向ければじとじとと降り続く雨を背景に濡れた髪を弄っているところだった。傷んだ髪はくるんと弧を描き、いつもよりくすんだ金を放っている。運がなかった、と言ったらなかった。傘を持ち出してくるべきだったと思い出したのは最初の一滴を鼻に浴びた瞬間のこと。そういえば雨降るって散々天気予報で言ってたのに。

ぱらぱらといやらしく降り始めた雨に、皆折り畳み傘やビニール傘などを一斉に広げ、持っていなかった俺のほうが目立つくらいで、皆用意周到すぎだろとか突っ込むもそれは負け犬の遠吠えってやつで。

まあとどのつまりあわてて駆け込んだカフェの軒先で雨宿りをしていたら、何も知らずに同じようにしてシズちゃんが駆け込んできた、というわけ。

ぱらぱらだった雨はざああと音をたてるほどに変わり、隣にいる男から逃げる術がどんどん消されている気がした。ちらりと横目でみれば、そうだろ?と呟かれる。


「………は?」

「は?って……聞いてなかったのかよ」

「シズちゃんの話なんかを俺がちゃんと聞くと思うわけ?」

「思ってねえ。……だから、高校んときも五月病だとか梅雨だとかでこの季節になるとぐだぐだしてたよな、手前は」

「………三つ子の魂百までっていうでしょ。高校なんてもう人格形成されてるんだから今も梅雨でぐだってても問題ないと思うけど?」

「別に喧嘩売ってるわけじゃねえよ。相変わらずだなって思っただけだ」

「そっちこそ。今日は珍しく大人しいね」

「さあな。雨にやられたんじゃねえの?こうじとじとしてると気だるくて怒る気も失せんだよ」



こちらを見ずにそれだけぼやいたシズちゃんの端正な横顔から、雨に晒される街に目線を移した。憂鬱だ、本当に。沈黙が俺たちを包む。でも嫌な沈黙ではない。もとより会話など成り立たない関係なのだから、今更会話を探したりはしなかった。雨はさああさああと街を濡らしていく。街灯の上には体を膨らませた鳩が二羽、寄り添っていて。じとじとと嫌な蒸し暑さが足元から立ち込めた。これだから梅雨は嫌いなんだ。週間天気予報が全部雨だったときほど肩を落とすものはない。

横目でシズちゃんを見る。相変わらずこちらをちらりとも見ずにどこかをぼうっと眺めている。ねえ、と呼ぶとあ?と声だけ返ってきた。もう一度強めにねえと呼べばうざそうに顔を顰めてこちらをむいた。


「なんだよ」

「なんでもないけど」

「………はあ?何でもねえなら声かけるな鬱陶しい」

「なんで何でもないのに声かけちゃダメなの?」

「うぜえからだ」

「理由にならないよそれ」

「ったく、本当にしくった。トムさんの言うとおり傘持ってくるんだった」

「……ねえ、シズちゃん。せっかくだから"会話"しようよ」

「あ?」

「今までろくに話したことなかった気がして。特に卒業してから」

「……今更手前に掛ける言葉なんざねえな」

「酷いなあ」


あははと笑った声は自分でも笑えるくらい渇いていて、会話しようと言った割になんて感情的じゃないんだろうと思った。罵倒する声もされる声も、つらつらと出てくるのにまるで初めて言葉を話した赤子みたいにたどたどしくぎこちないものに感じた。そんな、意味のない"音"の交換は、なんだかんだでしばらく続く。会話ではない。あくまでも。時折俺があははと声を出して笑い、シズちゃんが舌打ちをする。それでも、いつもみたいに殴ってきたりはしないのだから、変だと思ったりして。

体を寄せ合った鳩がくるると鳴くのを聞いた。見上げれば、やっぱりまだそこにあって、番いなのかなとか、ただの知り合いなのかなとか思う。なんてことないことを、そんな空気が、人間らしく感じて仕方なくなった。俺は人間なんだなと感じるような、そんな。




「番い、なのか」

「え?」

「あれ」



指差した先にはあの鳩たち。なんだ同じこと考えてたのかと思ったら、胸の奥がこそばゆくなった。


「さあね、寒いから寄り添ってるだけかもよ」

「知らない奴でもか?」

「そうじゃないの?」

「悲しいな」

「そう?知らない奴でも寄り添えるほど本能的なのは動物らしいと思うけど」

「その動物らしさが、なんとなく悲しいんだよ。本能的すぎんのは、悲しい」

「…………君が本能的すぎるからかな?」

「知らねえよ」




呟いたシズちゃんはどこか辛そうな顔をしていて、そんな顔をする理由くらいなんとなくわかってたつもりだったけどそれを見てしまったから、もう音は声にはならずに喉の奥へ引っ込んでいった。


悲しい、ね。


こいつは本当、単純なくせしてこういう感受性は豊かというか、単純だからというか……。番いである必要などあるだろうか。人間だって、何かを堪え忍ぶとき隣にいる人間が、必ずしも愛したものでなければならないはずはないのだから。そのくらい考えてみればわかるだろうに。うじうじと悲しそうに顔を顰めやがって全く



「いいじゃない」



"声"は突然沸いて出た。通る声が、自分の口からでるのは少し快感だった。



「番いである必要なんてないでしょう?」

「…………」

「隣に誰かがいてくれるなら、それは素敵なことじゃないかい?」

「……………隣に」

「……うん」

「………そう、だな。一人じゃねえんだな」

「君もね」

「………は?」

「君も、一人じゃないでしょ?」







雨は、気が付かせないように、そっと止んでいた。雨雲の隙間からさした日の光に、鳩たちは飛び去っていく。じっと見つめたシズちゃんの目は、放せなくなるくらい、不思議な力にみちていて、しばらく見つめ合ってからはっとした俺が目をそらした。

何聞いてんだ、俺。



「雨、止んだし…帰る」

「だな。…………臨也」

「んー?」

「一人じゃねえな、俺」





もう一度顔を見たときにはいつものサングラスがその目を覆い隠してしまっていて、悪態の一つも思いつかなかった俺は、ただ一度だけそうだよと聞こえるか聞こえないかの音量で声にした。君は一人じゃない。俺としては孤立させたいのに、してくれない。逆にどんどん増すばかり。そうやって俺をいらいらさせるくせに、そんなことも忘れちゃうんだから。

馬鹿だね、本当に。



じゃあなと軽い声がしたときには、雑踏の中に金髪が浮いていた。雨のやんだ街に、俺はこれ以上いる意味などなかったけれど、あと少しだけここにいたいと、俺もその雑踏の中へ足を踏み入れた。

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6月


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