来神
静+臨+新


「むーん……だるいー…」

「何、臨也5月病?」

「んー…そうかも」

「万年中2病の間違いだろばーか」

「万年赤点すれすれのアホに言われたくないわ」

「んだとコラァ!?」

「うるさいよ」


飛んできた紙パックは紙とは思えない速度で屋上の床に叩きつけられた。俺らの間で耳を塞ぐ新羅も慣れた様子で自前の弁当をむさむさ食っている。

5月。
二年目の来神高校にも変わらず春はやってきたが、こちらも相変わらず。頭に花が咲いたように惚けている奴らがたくさんいる中で、まあ俺もその一人っちゃ一人。シズちゃんはそんなお花畑で万年頭に青筋浮かべている。なんなら早く高血圧で死なないかなとか望んでみてもしばらくは叶わなそうだ。追い回されるのもかったるかったから、今日はもうそれ以上喧嘩は売らずに「新羅ぁ〜」と絡み付けば重いうざいと笑顔のまま牽制された。


「静雄くん」

「んだよ」

「これなんとかしてよ。食べにくくて仕方ないんだけど」

「これとか酷ッ」

「そうかそうかじゃあ俺が邪魔にならないくらいまですりつぶしてやんよ」

「ありがとう、はい」

「ちょっと!友達をそんな簡単に売っちゃうの!?」

「「友達?」」

「……いやそこは否定しないでほしいな」




ぶおんと振りかぶったシズちゃんの腕から、ひょいと逃れてそのまま校舎に向かう階段目がけて走りだした。ちょろいちょろい。

ん、だが待てよ。なんで俺逃げてるんだ?追い掛けてくるから?逃げたら追うに決まってるよな…。捕まったらぼこられる?死ぬほどじゃなかろう。

そこまで考えて踵を返した。

―――押してだめなら引いてみろ、と




突進してくる男に俺は無謀にも向かっていった。相手がアイアンゴーレムみたいなやつだったことも少し忘れて。


「ぎゅふっ」

「うおッ」

「臨也今の声どっから出たの」



そりゃあ向かってくるやつに向かっていったら衝撃もあることくらいわかっていた。なのに俺は大事なことを忘れていた。こいつの体と真正面からぶつかる=コンクリート壁に全力でぶつかるだったことを。
顔面を強打して、ずきずきと痛む鼻やら頬やらを押さえて蹲る。いくら五月病だからって何やってんだ俺は。
シズちゃんは罵倒するでもなくただ、黙ってその場に立っていた。痛いと漏らせば当たり前だと返ってきた。見上げる。不貞腐れたような顔は少し赤みを帯びてる気がする。怒り、て訳でもないみたい。なんだろうと見上げたままでいると母猫がするみたいに襟首を掴み持ち上げられて、

目線の高さが一緒になった。
ばちりと視線がぶつかった。
擦り剥いた摩擦の熱ではない熱さが、顔を、覆って、


「…………何してるの」

「「ッ!!?」」



二人揃って新羅の突っ込みに肩を揺らして、俺なんかそのまま手を放されたから落下してまた体を強打した。さっきの一瞬が、どうにも長く感じて、なぜだかはわからないけど、思い出すシズちゃんの視線は、優しくてなんか、なんか…


「シズちゃんのばーか!」

「ばっ……ばかは手前だろノミ蟲がぁぁあああ!!」

「もーうるさいなあ」





逃げ出す。今度こそ校舎の中に飛び込んで、追いつかれないように逃げる、逃げる。後ろからの怒声も、聞き慣れたそれでどこか安心した。重い体を全力で動かして校舎内を走り回る。
なんか、五月病もどっかにとんでっちゃうんじゃないか……ああいや、


五月病なんかにかかってる暇なんて、俺にはないんだ。

後ろから追っかけてくる馬鹿が生きている間はずっと。

ずーっと、ね。




―――――――――
5月