幼少期
静雄+新羅








「桜の花言葉を知ってる?」






にっこりと笑ったその顔に、え?と漏れた声はあまりに馬鹿みたいな響きだった。卒業式、それに見合った服を身につけた俺たちは、卒業証書の入った皮張りの筒を持って、その季節らしい姿だろう。

もう二度と、こいつにも会うことはないのだろうけど、だからきっと、この問いも最後になるのだろうけど



「桜の花言葉?」

「うん!」

「……知らねえよ」

「だよねえ」

「………なんだよ、そ「心の美しさ」

「………は?」

「桜の花言葉」

「心の……美しさ?」

「そう」




そいつ………岸谷新羅はそういってまたにっこりと笑った。
なにが言いたいんだ、こいつ。片手を三角巾で吊った状態で、さらに卒業証書を持ってるものだから、むかついたからって殴るわけにもいかなくて、余計苛立つけれど、どうなるわけでもない。だからこそ、今、このタイミングで新羅は俺にこの問いを投げ掛けてきたのだろう。



「……なにが言いたいんだよ」

「まるで静雄くんみたいだね」

「………はあ?」

「心の美しさ。静雄くんの心はきっと誰より綺麗なんだろうね。桜のように、散りゆく運命とわかりながらも、しっかりと花開く」

「………俺のどこが……、どこが……きれいなんだよ」




こんな、俺のどこが、
こんな力ばっか強くて、傷付けてばっかで、傷付いてばっかの俺のどこが



「静雄くんはきっといつか花開くんだよ」

「………何が言いたいのかはっきりしろよ」

「ああ、ごめん。直接的な言い方って苦手なんだ。つまりね、」

「…………」

「静雄くんは、きっと幸せになれるよ」





そうだろうか。

そう会話をしている俺たちを笑うように、桜の花びらは散りゆく。
散りゆく運命とわかりながらも、花開く、か。
愚か、だろうか。
失敗るとわかりながらも、自分を抑えることもできずに誰かに怒りをぶつけてしまうこと。


誰かを、守りたいと思ってしまうこと。


俺は、

俺は………幸せになんてなれるのだろうか。
いいのだろうか、なってしまっても、いいのか。

いけないこと、な気がしてならない。
俺は、幸せになる、資格なんて、





「…………でも、傷付いた桜は、すぐに傷むだろ」

「…………」

「一回傷付いちゃったら、もう綺麗には、咲けないだろ」

「………散りゆく姿も尚美しい、それが桜だ。散り終えた桜の花びらなんて、もう誰も気付かない。綺麗だなんて見上げてるその下で、落ちたその花びらを踏み潰しているんだから、笑えるよ。静雄くんは、そんな上を見上げるんじゃなくて、下の傷付いた花に目がいくんだ、それはすごいことだよ、君の心が美しいって、あながち間違って無い気がするんだ」



およそ小学生の口から出るには小難しい言葉がつらつらと紡がれる。
にこり、と新羅は楽しそうに笑って惜しむように俺の手を握った。



「さようなら」

「…………」

「でも、人の世は繋がっている気がするんだ。君との縁も、切れちゃいない気がする。僕らはきっとまた出会う。そして、静雄くんはいつか幸せになるよ。この桜の、散ったあとの汚れに気付くことができるほど、君の心は澄んで美しい。だから、きっと」

「………じゃあ、お前だって、そうだろ」

「散った桜の憐れみを嘆いたのは、僕じゃないから」

「……………」

「その人はすごくきれいなんだ。だから、静雄くんもきれいなんだよ」

「…………んなこと……」

「いつか、愛せるといいね」

「え?」

「いつか、君が君を愛せるといいね」












離れた手。
それじゃあねとあっさり、あっさりすぎるほど新羅は俺の前から、微かな手の温もりだけを残して消えた。


幸せに、なるか


そうだろうか。
新羅はそう笑っていたけれど




いつか、俺がこの力をコントロールできるようになって、いつか、こんな力があっても友達だと言ってくれる奴が現われたなら、いつか、こんな力を受け入れてくれる人間が現われてくれたなら、いいのになあ。


なんて、思ったら涙が落ちそうになって
頑張って上を見た。
騒めく校門の上には、覆いかぶさるように桜が咲き誇っていて、さっきの新羅の言葉が妙に思い出された。

心の美しさ


優しく、なりたい。
せめて心だけは美しいと言われるようになれたなら





さようなら、


口の中だけで呟いて、下を向いて歩きだした。
目の前には踏まれ傷んだ花びらがたくさん散っていたから、せめて俺だけは踏まないように

それを避けながら6年世話になった校門を離れはじめた。


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3月


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