バタンと、
重い音。
なんでもないことなのに、妙に閉じ込められたような圧迫感を感じた。


真っ暗な部屋に、波音ばかり遠く響いて
掴まれるように繋いだ手を、振り払うこともできずに、暗がりに2人の男がたたずんでいるだけ。


フロントの女の複雑な顔が妙に思い出された。
そりゃあ全身びしょ濡れの男2人が手をつないで目の前を駆けていったら誰でもあの顔になるだろう。
むしろ警察呼ばれなかっただけましだ。





不意に臨也が振り返って抱き付いてくる。
子供が、出かける親を引き止めているような、そんな必死さというか、どこか無我夢中というか、そんな感じだ。
ぎゅう、と背中に回された手が強くなるが、そういや濡れてたんだと臨也が傍に来たことで思い出されて、ぐい、と押しはなした。




「………シズちゃん?」


「風邪引くぞ、風呂入ってこい」


「…………え、でもシズちゃん、俺――………、





………わかった、入る」


「聞き分けいいじゃねえか。先入れ。お前が出たら入るからとっとと出ろよ?」


「シズちゃん、一緒に入らないの?」


「何バカ言ってんだ。狭ぇし、なんで手前と一緒に入んなきゃなんねえんだよ!」


「で、でも別にいいじゃんか!俺は一緒がいいの!」


「ダメだ」


「風呂くらいいいじゃん!」

「ダメなもんはダメだ!」


俺は、自信がない
一緒に風呂入って理性をぶっ飛ばさないという自信が

風呂場でヤったことは2回くらいあるがどちらのときも臨也は次の日風邪引いてたり湯冷めしてガタガタ震えてたりとろくな事はなかった。
それに今はこの気温で濡れているという最悪の状態で。
俺ががっついたせいで風邪を引かせることだけは絶対に避けたい。



臨也はしばらく俯いていたが、突然顔をあげて(涙目で)俺を睨み付けると



「もういいよ!!シズちゃんのバカ!!大バカ!!単細胞!!」





それだけ言い放って風呂の扉をバタンと勢いに任せて閉めた。







俺としてはあんまり急だったために何が起こったのか理解が追い付かず、2、30秒後にようやっと、はっとしてバカとはなんだと言ってやろうと思ったが、
臨也が涙目だったのを思い出して、あいつは別に俺をイライラさせたくて言ったわけじゃないのだろうと、そう考えて、

やっと靴を脱ぎ、部屋の中までくると、木製でできた両開きの扉を開いて
白いバスタオルを取り出す。


――…風呂場にもバスタオルと普通のタオルはあったよな。



バスタオル持っていってやらなくて平気かと自然と気を遣っていた自分を自覚して気恥ずかしくなる。
ぽりぽりと頭を掻いてから、誤魔化すように、白い綺麗に折り畳まれたバスタオルを無造作にとってベッドの上に放り投げると濡れて色の濃くなった服を脱ぎ捨てた。


風呂なら、あとで一緒に温泉でもはいってやるかと、
そう思ったりして。























風呂から出てきた臨也はバスタオルを身体に巻き付けててるてる坊主のような姿だった。
湯冷めするから早く着替えろよと声をかければ、むすっとしたまま、ベッドに座っていた。
以前の俺なら多分容赦なく激怒していただろうが、今は流石に恋人という建前があるわけだから、それはない。
しかも多分怒っている理由は俺だ。
そんなに風呂一緒がよかったのかよ、なんて思いながらもどこか嬉しかったりもして。



冷えた身体を温める程度にシャワーを浴びながら、そんなことを思い返した。
浴室から出て小綺麗な洋室に戻れば、何だかんだ言って言うことを聞いて新しい服を身に付けた臨也がベッドで横になっていた。
向こう側を向いているため顔は見えなかったが、起きているだろう。

この歳でふて寝が許される男なんて多分そういねえだろうとか思って、ため息をついた。




「……臨也」


「…………」


「なんで怒ってんだよ」


「……………」


「いーざーやー」


「…………自分の胸に聞けっ……」


「………わかんねえから困ってんだろ」


「鈍感」


「知ってる」


「デリカシーない」


「わかってる」


「もうやだ」


「ごめん」






臨也は一向にこちらを向かない。
拗ねて怒るなんてことは、少ないことではなかったけど
やはり俺をイライラさせたがって拗ねたふりをする事のが多くて。
演技が多いのだ。
でも流石に今回は本気なのが感じ取れる。



攫うような波音が聞こえる。
見失いかけたものを押し戻すように、押し寄せる波音が聞こえる。

ベッドの端に腰掛けて拗ねた子供のような恋人の、
まだじっとりと、今度は海水ではなく自分が浴びたのと同じシャワーの水に湿っている、
そんな柔らかな黒毛を、指に絡ますように弄んでからそっと撫で付ける。
急なそれに驚いたのか臨也は一瞬身体を強張らせたが、すぐに力を抜いて黙ってされるがままになっていた。


臨也、

もう一度名前を呼べば、ふう、とため息をついて名前の主はころりとこちらを向くように寝返って。

甚く複雑な顔をして俺を睨む。



「シズちゃん、」


「なんだよ」


「嫌なら来なくてよかったんだよ?」


「は?」


「だってさっきもため息ついてたし、ちゅーしようって言ってもお風呂入ろうって言っても嫌がってたじゃんか。俺といると疲れるんだろ?なら無理にこなくてよかったんだよ?別になんか来てくれなかったからってシズちゃんのあんな写真やこんな写真をばらまこうなんて考えてなかったし……」


「あのなあ、臨也」


「……それに俺だけ浮かれてるのなんかやだし…」





しょんぼり、という言葉が似合うくらいに横たわったままの臨也は唇を軽く噛んだ。




ああ、そういうことか

俺は自分のことしか考えてなかった。
外は仕方なかったとはいえ、部屋に戻ってからくらい俺のほうからしてやればよかったのだ。
なのに俺は風邪を引かせたくないあまりに臨也の身体も、心さえも押し込めるように浴室に追いやって、
そのくせ理由がわからないだのと本人に尋ねて
デリカシーがないのにも程がある。
自覚はあったがこれほど酷いとは。



そんな俺の自己中心的な行動のせいで臨也は拒絶されたと誤解したのだろう。
そして傷付いたんだろう。
好き合ってる筈なのに、俺がいっちょ前に楯突けた羞恥心が、そんな素振りを見せようともできなかったから、







「臨也、」


「………ん?、っ……」










触れた唇は互いに乾いていて、押しあてるように重ねれば、呆然としていた臨也がようやく求めるように口を開いた。
体制的にしづらかったため一度唇を離し、細い肩を押して仰向けになった臨也の上へ覆いかぶさるようにベッドに上がると、またそっと口付けた。

軽く触れるようなキスを何度か落とし、焦れったそうに唇を開いた臨也に噛み付くように唇を重ねてやる。
急かすように向こうから伸びてくる舌を絡めるように、押し返すように舌をねじ込んでやれば苦しそうにくぐもったうめき声がしたが、それでもすぐに漏れた甘い嬌声に欲情したのは嘘ではない。
かさついていた唇はねっとりと互いの唾液で湿っていて、触れ合うたびにぬめる感覚にぞくりと身体が反応する。
差し出してきた舌をじゅる、と吸い上げてやればもっとと求めるように細く白いしなやかな腕がゆるりと首に巻き付いた。







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