※映画『シザーハンズ』のネタバレを含みます
殴った理由?
そんなの簡単だ。
むかついたから。
殴りたかったから。
それだけ。
1+1より簡単な理由。
なのにそれはどんな数式よりも難しく俺の前に寝そべっていた。
「愛してあげる」
殴った。
それでも手は痛くなかった。
体はどんなに傷付けたって傷付かないのに、薄汚れた心がぼろぼろに磨耗していく。
ああ、痛い。
「人間のついでだけどね。化け物も愛してみたくなったから」
化け物。
自覚はある。俺は化け物だ。
削られた心の隙間を埋めていたなにか虚勢のような冷たいそれが、そんな甘い言葉に溶けていく。
騙されてる。わかってるのに我慢ができない。
「ねえ、シズちゃん」
俺は誰にも愛されない。
愛しちゃいけない。
口にはしないけどその固定概念は俺を捕らえて放さない。
誰かを愛しちゃいけない。だって俺は化け物だ。
化け物だから
「両手が鋏のロボットの話を知ってるかい?」
笑われて、んなもん知るかよと呟くように言えば、そんな返答を予期していたかのように臨也は言葉を続けた。
「天才発明家が感情を持ったロボットを作ったんだ。でも手はまだできてなかったから、とりあえず鋏をつけといたんだってさ」
「そのとりあえずがおかしいだろ」
「しかもその発明家はそのあと死んじゃって、あとには両手が鋏のロボットだけが遺された」
残酷だよね、
臨也はどこか遠くに目をやったまま、そうぼやく。
何が、とは聞き返さなかったけれど、なんとなく俺にも理由がわかる気がした。
残酷、酷を残すとはよく書いたものだ。そのロボットを例にとればそれはあまりに顕著。
遺されたことを悲しむ感情なんかを与えておいて、1人遺して逝くなんて。
不完全な化け物のまま、生かされなければならないなんて。
ああ、どこぞの化け物に似ている。
きっとそいつも同じ気持ちだったに違いない。
心などもってしまったから、
「そのロボットはのちのちある女性に見つけられてね、そのときは顔中傷だらけだったんだってさ。それは不本意についた傷なのか故意につけた傷なのかまでは知らないけど、なんか、まるでシズちゃんみたいだね」
傷だらけ。
その形容は正しい。
俺の身体には無数の切り傷が存在する。それは全部自分でつけたもの。
理由なら簡単だ。
自分が嫌いだから。
それだけ。
高校に入って、臨也にあって、なんだかんだで付き合ってもう二年になるけど、相変わらずよくわからないまま。俺が自分を愛せないのもそのまま。
臨也としてはそれが面白いようだけど、あんまり気にもしてなかったし、気に掛ける暇もあまりなかった。
顔を鉢合わせればよく喧嘩した。
でもそれは自分に対するいらだちをただ臨也にぶつけてただけ。
「そいつ、どうなったんだ」
尋ねたわりに聞きたくなかった。
どうせいいおしまいじゃない。だって化け物だ。
俺と、同じ、だから。
愛されない。愛しちゃいけない。
そうだろ、
「その女性の娘と恋におちるんだよ、確か」
「………むくわれるのか?」
「ううん」
「………………」
「その関係に嫉妬した男に嫌がらせされるんだよ。それでロボットは人間に絶望しちゃうの」
「………」
「哀れロボットはまた1人で暮らすことにするのさ。愛した娘を傷つけたくなくてね。結局その娘も別の人間と婚約して、これでおしまいそれまでよってとこかな」
「……何なんだかな」
「………俺は今のシズちゃんに思えて仕方ないけどね」
「そう、か」
「?」
「そうだな」
そのロボットと同じ末路を辿っているのだろうか。
傷つけたくない。もう誰も。
必要としてない、こんな力なんか。いらない。
ああ、どうして普通に生まれてこれなかったんだ。
どうして、こんな風になっちまったんだ。
こんな腕じゃ誰も抱き締められない。こんな手じゃ誰とも繋げない。こんな、こんな
そうだ、心なんか付属してなければ俺はこんなに傷付かずにすんだ。
でも、それじゃあきっと、周りの人間を今以上に傷付けたんだろう。
それはいやだ。俺を愛してくれない、俺を嫌う奴らでも、俺はもう傷付けたくない。
自分はもう傷付いてきた。だから、もういいから、
「救われたいの?」
「あ?」
「救われたいの?シズちゃん。誰も傷付けず、自分も傷付かないのが救いだと思ってるの?それが人間だと思ってるの?」
「………違うのか?」
「人間を神と履き違えないでくれる?人間なんてねえ、傷付けて、傷付いて、そうしないと生きてられない愚かな生き物なんだよ。そのくせ愛だの友情だの、誰かと繋がらないと生きていけないバカな生き物なんだよ」
「…………」
「それがわからない間は、化け物だよ。俺と同じ」
「……え、」
「えってなに。俺だってそんなのよくわかんないし。理論的にも観察結果的にもそうだろうって思ってるだけ。わかんないっていうかどうでもいい」
「……………」
「いいじゃん、そういうの。人間を超越したもの同士の恋なんて。きっと世界でここだけだ。釣り合えるのなんて俺たちくらいだ」
「……臨也」
「好きだよ、シズちゃん。俺は、あんたと同じだ。でもあんたみたいに悲観はしてない。だって自らこうなったから。かわいそうだね、もう認めてしまえばいいのに。自分の存在意義も、その力も。あんたが自分を傷付けて何になる。何も変わらないよ。世界はそんなに脆くない。ねえ、シズちゃん、化け物だって愛されたいんだ。愛してしまうんだ。心があるかぎり、それは人間だから」
愛されたかった。
人並みに、愛されたかっただけなんだ。
なのに、この力のせいで俺は独りになっていく。
傍にいて欲しかったんだ。
愛してほしかったんだ。
「人は愛されたいから愛すんだ。見返りを求めて恋をするんだ。それは心がそうさせるから。俺も、シズちゃんも同じ。そう、俺だって、そうなんだ」
触れられるだろうか。
傷つけずに、お前に触れられるだろうか。
愛してほしいと嘆く俺と同じように、お前が愛されたいと願うのならば、
それならば、
その痛みを知っているから、愛してやれるんだ
腕を伸ばす。
臨也は嫌がらなかった。
怯えていたのはきっと俺のほうなんだ。
形だけ付き合って二年。今まで、自分から触れたことなんてなかった。傷付けようとして殴ったり、胸ぐらに掴み掛かったことはあるけれど、傷付けないように触れようとしたのは初めてだった。
臨也の儚げな笑みに、胸が痛くなる。それはきっと、辛い痛みじゃなくて
「やっと、か」
「……ん、」
引き寄せて、抱き締めて、そっと、そっと
なんでだろう。
理由もわからずに、閉じた双眸から何かがあふれた。熱くて、でも、それは優しい何かで
背中に回された手。
大丈夫だよ、と言われている気がした。
安堵したのは、なぜだろう。
それはもしかしたら、愛されても、愛してもいけないと思っていた俺が、こうして誰かを好きになれたから
ああ、きっと自分も好きになれる日がいつかくるんだろうと思うことができたから。
傷付けないように、もっとそばにいよう。
俺は鋏手のロボットとは違って、人間の愚かさも、醜さも全部知っているから、
きっといつの日か人間になれるんだ。
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某曲、某映画をもとに作ってみたシリーズ@
シザーハンズ大好き