「ねえ、先輩」



そうでしょう?

尋ねた声は妙にねっとりとしていて、思わず脳裏に水飴や蜂蜜が浮かぶくらいに粘り気があった。
そうだろうか。
僕は、本当にそう思っているのだろうか。



「壊れてしまえばいいのにと、思っているんでしょう?」


先輩、

そうかな。
そうなのかな。
そういうのって、なんて言うんだっけ。
人にこうじゃないかと言われると、ああ、そうなのかもしれないなって思う……ああ、そうだ、バーナム効果だ。

うん、そうなのかもしれない。
壊れてしまえばいいのにと、どこか思っているのかもしれない。壊れてしまえば、面白いのにな、と、思っているのかもしれない。

あくまで、かもしれない、から抜け出ることはないのだけれど


「青葉君は、そう思ってるんだね」

「そうですよ」


当たり前でしょうとでも言うように、すぐさま返ってきた答え。ああ、やっぱりそうなんだと思って、思うだけで、僕は何も言わなかった。僕はどうなんだろう。
別に、そんなのどっちでもいい。
どっちでも、いいんだ。



昔、かつて、以前

それが戻ってくるならば、僕はそんなことどうでもいい。無関心、そういうわけじゃない。確かにそうなったら面白いかもしれないけれど、でも、今の僕には



「帝人先輩」

「何?」

「世界が壊れてしまえばいいのにと、思っているでしょう?」


そうだね、とも、違うよ、とも思わなかった。
だから答えずに少しだけ考えて、首を横に振る。青葉君の見開いた目が妙に印象的だった。


「思わないんですか?」

「だってそんなことをしたら、正臣と園原さんが、帰ってくる場所までなくなってしまうだろう?」

「………ああ、」


青葉君はそれを聞くと、ああ、そっかと笑って、納得したように頷いた。
どうして青葉君がそんなふうに質問、というにはあまりに重いその問いを投げ掛けてきたのかはわからないけれど、僕は、多分この世界が壊れてしまったら、すごく悲しい。
多くの人が傷つく。死ぬ。
ああ、いや、それは、地球という単位での世界を考えたときだけれど、そのときは、きっと悲しい。
だって僕が今こうしているのは、壊れたものを直すための"作業"。だからこそ、壊れてしまったら困るのだ。少なくとも、僕と、正臣と、園原さんの世界だけは。
その世界を修復するために、他の世界が壊れたとしても、そのときは、それだ。


壊れてしまったらいいとは思わない。でも、壊れてしまったら仕方ないと思う。それが僕の利己心のせいでも、
そうだ、それが僕のエゴのせいでも、仕方がないのだ。
僕は戻さなくちゃいけない。正臣が帰ってこれる場所を作るために、その場所を少し強引にでもあけるために、他の世界が、壊れても



「青葉君」

「はい」

「やっぱり、そう思うよ」

「……………」

「世界が壊れてしまったら、仕方がないもんね」

「…………ですよね」


くつくつと笑った青葉君は、やっぱりさっきのように満足気に頷いて、「それが帝人先輩だ」と付け加えた。


もう少し、あと少し。

帰れる場所を僕があけておくから、
だから今は待ってね。正臣、園原さん。



「ねえ、先輩」



やっぱりそうでしょう?

尋ねた声は妙にねっとりとしていて、思わず脳裏に水飴や蜂蜜が浮かぶくらいに粘り気があった。

そうだね、今度は確信した。
そうだよね。そのくらいの覚悟、してきたはずだ。

世界が壊れてしまえばいいのに。

僕らを邪魔する世界など、糾弾してもいいだろう?
そのくらい許されるだろう。
僕のもとめた非日常が、僕らの世界を壊してしまったならば、今度は僕が、他人の世界を破壊したって、許されるだろう。


「先輩」

「何?」

「一人しか入れない場所には、どうあがいたって一人しか入れないんですよ。揃って中へ入りたいなら、その分何かを押し出さなきゃいけない。簡単な話ですよね。なのに、人はそれを躊躇う。なぜでしょう」

「それは……僕への質問?」

「いや、僕の独り言みたいなもんです」

「そうだね。僕もそう思う。でも、僕はやらなくちゃ」



やらなきゃいけないんだ




真面目にそういったのに、青葉君にくすくすと笑われた。


「その意気ですよ、先輩。そんな残忍なことを言いながらもそんな笑顔になれるなんて、さすがですね」



残忍なこと。
そうかもしれない。
でも、それでも僕はやらなきゃいけない。


僕らが揃って帰れる場所を作るために、"犠牲"を払うかもしれないその行為を。
僕の隣に二人分、場所があくように

邪魔な世界は壊れてしまっても、仕方ない。


仕方ないよね。


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病んでるなw

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