※シズイザに分類されている『殺害マスカレード』の前座的な話
トクン、
トクン、
ドクン。
「ちゃんと、して」
「ん、」
ぎゅう、と抱き締めた。
俺を創った彼を抱き締めた。ちゃんと抱き締めろと呟くように言われたから、答えるように抱き締めた。
ことり、ことりと時計の針の進む音がする。
それだけ。外部の音はそれしか、聞こえない。
バーテン服に身を包んだ俺を、マスターは『シズちゃん』と呼ぶ。
それは、俺じゃない誰かだって言うことを俺は知っていた。
俺よりもっと乱暴で、マスターのことが"キライ"らしい。
らしいっていうのは、俺がそいつを見たことないのと、マスターがそういう素振りをするように俺に教え込んでいるからだ。
マスターは俺のことが"キライ"だ。
自分で作っておいて、偽物めって怒る。どうしようもないのに。でも、きっとそれをわかってるから、マスターはあんな顔をするんだろう。
創られた俺には人の感情とかはよくわからないけれど、最近わかるようになった気がする。
俺はあくまでアンドロイドだから、本当にわかることなんてできないんだろうけど。きっと、わかってないんだろう。今だって
トクン、
トクン、トクン、
トクン。
抱き締めた腕の中から、そんな振動を感じた。
それも、最近意味を知って、人って不思議なんだなと思った。
「…………ねえ、キスしてよ」
「…は、はい、」
「……………萎えた。もうしなくていい」
「あ、ごめ、……。ッ!!」
力任せに殴られて人形みたいに床に倒れこむ。
人は、きっとこういうとき、"イタイ"と言うんだろう。俺は、そう、人じゃないから、殴られたって、痛くない。
だからマスターはもっと怒る。
ふざけんな、痛みも感じないのに人間の真似事しやがって、って。
上から足が落ちてくる。
がつがつと何度も蹴られて、しばらくたったらマスターは自分の部屋に閉じこもってしまった。
知ってるんだ。
マスターが、イタイ、ことくらい。
残された俺はやっとゆっくり体を起こして、その場に座り込む。
痛みもない。
血も出ない。
だって、だって人間じゃないから。
………マスターは人間を愛してる。
だから余計に俺の存在が許せないんだろう。
自分で創ったのに。俺は、何のためにここにいるんだろう。
なんで、創られたんだろう。
なんで、
なん、で
マスターは、『シズちゃん』が"キライ"だ。
でも、なんか俺が勉強した"キライ"とは少し違う気がした。
マスター
マスター、
よくわからない人。
俺を創った人。
『シズちゃん』を"キライ"な人。
俺を"キライ"な人。
痛がってる可哀相な人。
人を愛してる人。
生きてる人。
俺とは違う人。
人間。
人間が見る世界はどんな世界なんだろう。
マスターの見てる世界はどんな世界なんだろう。
わからない。
俺には、きっと、いつまでもわからない。
「ねえ」
驚いて少し体が跳ねた。
振り返れば、それはやっぱりマスターで、世界にはいっぱい人がいることを知っているのにマスター以外の人間を見たことがない俺にとっては、当たり前すぎるほどに当たり前で。
「マ……………臨、也」
「ほら、立って」
「ん…」
「いつもみたいに、して」
立ち上がって、抱き締めた。
震えているように感じたのは、俺なのか、それとも、
キツく、キツく抱き締めた。
マスター、この気持ちはなんですか?
あなたを離したくない。
あんだけ殴られたって、あなたの傍にいたい。
求められたい。
トクン、
トクン、
トクン、
片方だけの心音。生きている証。
それは俺の胸から響くことはいつまでもない。
マスター、わからない。
俺は何にも、わかってない。
「シズちゃん、……シズ、ちゃ………ッ、ふ…」
わからない。
わからないけれど、腕の中で流れるそれが、俺の瞳からも流れたらいいのにと願うのは、罪だろうか。
マスターと同じものが流れたら、いいのにと
「ねえ、」
ああ、マスター、お願いします
「俺を、殺して」
あなたが思う言葉を囁いて
それは"キライ"じゃないことを、知ってるから、だから
お願いします、
俺にその答えを囁いてください。
その刃があなたを貫くその前に
―――――――――
俺もきっと同じキモチだから
でも臨也が愛してるのはシズちゃんなんですよね
うわー可哀相な津軽
『殺害マスカレード』の前座のつもりです