思ったんだ。



ああ、やっちまったって





それはあのパン屋での出来事と同じ。気が付いたら、というやつで。

ああ、やっちまった。

自分の手を赤く染め上げているのは俺の血じゃない。震えているこの手がどうか他の人のものであってと。
願うのに、これは俺の拳なんだ。
きっと一生俺のものなんだ。この手を見るたびに思い出してしまうんだ。


ああ、ついに殴ってしまった。
助けようとしたんだなんていう拙い言い訳など意味をなさない。だって悔しかった。
どうして、どうして?
ああでも心の隅では知っていたんだ。
わかっていたんだ。最初から。

なのに、なのに、なのに、

それなのに





おかしいな。初めから大嫌いだったじゃないか。
ずっと嫌いだったじゃないか。
そういう、勝手なとこも大嫌いだった。



「はぁッ、……はあ、はあ、はッ………あ」



煩い。
こんな呼吸止まってしまえばいいのに。終わってしまえばいいのに。昔からそうだ、誰かを傷付けても相変わらずそのまま俺は生きている。
俺だけは生きている。



『もとはと言えば俺から誘ったんだけどね』


その言葉が胸を刺すたびに、溢れだすのは気持ちが悪いほどにどろどろした嫉妬と怒り。
そして引き裂かれるような痛みと悲しみばかり。

たかが外れた俺の感情は暴れ馬のように好き放題に俺を傷付ける。
畜生、畜生
また、俺は化け物になる。また俺は人間から阻害されていく。


「ぅ、あ……ぁああ、ああああああああ!わぁぁああああ゙ああ゙!!」



喉から血が出るくらいに叫ぶ。叫ぶ。それは絶叫と言うよりも、咆哮。
吠えながらまた殴ればボロ雑巾みたいに力なく落ちているそれはずいぶんな距離を飛んだ。
顔は見たくなかったから、うつ伏せのまま上から蹴りつけた。
そんなの、車蹴るよりずっと簡単に、壊せてしまう。
殺したくなんて、ないのに。


ぼろぼろ、零れたのは冷たい涙。
なんだよ、俺泣いてんのか。

そうだ、俺は血も涙もない化け物じゃない。
こういうところばかり人間みたいなんだ。
どうして、こんな不完全に生まれてきたんだ、なあ、どうして




「は、ぁ………ふッ、ひく、ぅ、あ、ああ……」



止まらない。
子供みたいに泣き続けて、もう自分の筋肉や骨も何本かいってるみたいなその拳を、足を、力なく叩きつけて。
嫌だ。なのに身体が止まらない。
これ以上やったら死ぬなんてわかってる、でも止まらない。

まだ生きているなんて確証もないのに。


「なあ、……なあ、いざや」



答えてくれよ。
きっとこれが最後の問いになるから。
これだけは答えてくれよ。








「俺が人間だったら、愛してくれたのか?」
























ああ、やっちまった。

血だまりでそんなことに気付いた。
一体どれほどの時間こうしていただろう。

偶然なのだ。
あのとき臨也が知らない男たちに襲われてるのを見つけたのなんて。
なんかもめてるなと珍しく興味本位で覗いたら、襲われてたのが臨也だっただけ。

そこから先はよく覚えちゃいない。
ただ、気が付いたら臨也が倒れてて、至るところに鮮やかな血が飛沫してた。
俺の手も紅に染まって

記憶の中にただ一つ、


『もとはと言えば俺から誘ったんだけどね』


その言葉だけ残っていたから、多分それに激情したんだろう。

助けようとしただけなんだ。
でも結果俺は真逆のことをしてしまった。

息は荒い。
その喘ぎの中に混ざった嗚咽は、臨也のことを思ったそれではなく、ただ自分の愚かさと哀れみを含んだもの。


臨也とは嫌い以上の関係は何もなかった。
俺が臨也の言葉に激昂する必要なんて少しもない。
なのに、こんな気持ちになるのは、あんなに、怒りを覚えたのは



救われない。

俺はそんな人間を殺す気で殴り続けていたんだ。

どうして、こんな失敗っちまうんだ、俺は。

魂が抜けたようにその場に立ちすくんだまま、唇を噛む。
もう何度も思うのに、それはとめどなくあふれる後悔。
迷いにも似た汚い感情が、身体中を蹂躙して


もう遅い。
また1人で失敗っちまったから。



ああ、やっちまった。





――――――――――
君の身体を壊すたびに俺の心が壊れた


病みシズで
臨也は俺のなかでは多分生きてる


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