臨帝(甘…?)






「あーらら」




痛そうと笑った彼に、僕は痛いですよと答えるわけでもなく上目がちにその表情をみながら、消毒液を塗りたくられる痛みに耐えていた。痛そうと言う割にその行為は全然優しくない。痛いです痛いですと今度は遠慮がちに呟いても、うん知ってると腹のたつ顔で笑われた。だからといって、怒ることができるような性分でもないし、彼のことだから僕なんかが怒ったってそんなの気にも止めないだろう。



「はい、おしまい」

「うー…ありがとうございます…」

「毎度そうなるなら喧嘩なんてしなきゃいいのに」

「必要なことなんですよ」

「君が怪我をすることが?」

「いや、その粛清が」


「そうかい、でもこのペースだとうちの消毒液すぐなくなるんだけどな」

「……………すいません」





牽制……したわけじゃないんだろうけど、思わず謝ってしまった。確かに、こっちの私情で怪我をする度にこの人のもとへくるのは変な話だ。臨也さんは医者でもなんでもない。怪我なら黒バイクさんのところのお医者さんのほうが当たり前に専門だろうし、こんなに乱雑に手当てされるわけないだろう。最初こそ臨也さんが「怪我したらうちに来なよ」と言ってくれたけど、いつまで甘えているわけにもいかないし…。なんてぐるぐる考えてたらこつんと額を突かれて



「なんか考えてるよね」

と笑われた。


「考える、ていうほど考えてないです…」

「考えてはいるわけだ」

「それは」

「ずっと見てたらわかるよ」

「ずっと見てたんですか?」

「見てたよ?今も」

「………………」

「君って意外とわかりやすいよね。清々しいくらい嫌悪してるでしょ」

「そうですね」

「おっと、早すぎる肯定は誤解を招くよ?」

「……はあ…」




また訳のわからない理屈をぐだぐだと並べながら、ひりひりと痛む傷口に大きめの絆創膏を貼る臨也さんの伏せ目がちな顔は、やっぱり綺麗だと思った。まつ毛長いし、色白いし、髪もカラスの羽毛みたいに黒々と光っていて、純粋に"綺麗"で。見惚れていたら顔をあげた臨也さんの切れ長の目とばちりと目線があった。どうしよう、なんて少女マンガにありそうなことを考えて、考えたら急に恥ずかしくなって目をそらすこともできずに、あわあわしていたら、にいと狡猾そうな顔が近づいて


「なに見てたの?」

「な、ななにって、」

「見てたでしょ?」

「み、見てましたけど…」

「何か用?」

「いや、あの……きれいだなって」

「はあ?」



めずらしい顔で臨也さんは惚けて、惚けることさえめずらしいと思った。文字どおり目を丸くした臨也さんは何それと苦く笑ってみせた。



「だからその……臨也さんは、きれいだなって」

「男が男にきれいってどうなんだ。まあ、おもしろいからいいけどね」


くすくすと、笑い声が耳を擽った。僕は、何をこんな恥ずかしがっているんだろう。自分のこともよくわからない。わからないけど、それでも笑う臨也さんから目が離せなくなるのは、それだけ彼のことが気になってるから、なんじゃないかな。なんで気になってんのとかそんな深いことまでは、やっぱりわからないけど。

粛清と言う名の糾弾は続く。正臣が、安心して帰ってこれる場所を作るために、僕はなんだってやってやるんだ。その決意は淀んでいるのかもしれない。傍から見たら歪んでいるのかもしれない。でも、僕はいくら傷付いたって作り上げるんだ。作り上げなきゃならないんだ。

そこまで考えたら額からちゅ、と軽い音がした。



「あ………?」

「俺を差し置いて難しいこと考えたらだめ」

「………あ!?」

「お仕置き」





にやりと笑った彼の唇が触れた額を押さえて、この人は何がしたかったんだとか、なんでキスしてんだとか、よくわかんなくて、でもわかってて、
ああ、もう、なんなんだこの人。
何するんですかと言う言葉はほとんど全てはわわわという言葉になっていて、言葉には程遠くて、そのあまりの格好の悪さに臨也さんはげらげら笑い転げて涙を浮かべていた。鬼の目にも涙、それを思い出して、鬼ではないなと否定した。鬼って言ったら平和島さんとかだろうし、ここでそれを言ったら彼の機嫌が悪くなるのは明白だったから言わずにいたけど。
臨也さんは笑う。つられて僕も笑った。なんだかわからなかったけど、笑ってしまった。


「臨也さん」

「あははは、はーあ、……ん?」

「また、来てもいいですか?」

「………へえ」

「あ、いや、怪我……したら、なんです、けど……」

「いいよ、別に怪我してなくても」

「え?」

「おいでよ」




妙に、その顔が真剣で笑った顔がひきつるのがわかった。嫌なわけじゃないけど………けど、なんだ?嫌じゃないなら、別にいいじゃないか。なんだよ、さっきは嫌悪してるとかいっときながら…。結局、僕はここに来たいだけなのか。それも初めから臨也さんはわかってたんだろうな。すごい人だから、この人は。なんでも知ってる。僕の気持ちも、淀んでいる心の色も僕なんかよりずっと知っている。そうだろう、きっと。


ひりひりと傷口は、まだ痛みを僕に伝えていたけれど、それが臨也さんとの関係を具現化していている気がして、僕はふうと苦笑した。それに気付いた臨也さんが、痛いの?と笑ったから、またすごいなあなんて子どもみたいに思って、素直にはいと答えた。




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10万打記念ラスト

甘めの臨帝

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