ドタ←イザ(切)






「ドタチン、俺」





「俺、ドタチンが好きなんだ」







そっか、と礼を言った彼の悲しい顔が、今も未だ目蓋の裏にはっきりと





―――目を開けた。息を、吸って、吸った以上に吐き出した。

夢、か。

あの日の夢など、見たっていいことないのなんてわかってるくせに。なんて無意味。かつ非合理。どっと息を吐いたら横たえた体が異様に重く感じられた。心に重さがあるのなら、きっとこれは心の重みだろう。起き上がることもしないで、ぼうっと天井を眺めた。無意味だな。わかってるくせに俺はそれをやめない。


ドタチンが好きだった。

自分でも驚くくらい、ドタチンが好きだった。それでもそれは高校のときに消え失せた想い。だから今更、何を思ったって、そんなの。もう、関係ないのに。だけど、あの時から10年弱たってんのにこうやって思い出すのは、俺の往生際の悪い心が、ドタチンを好きだと嘆いているから――――…。


「ああもう」


イライラする。やっと無意味に天井を眺めることをやめて、空っぽのゴミ箱を蹴ってやった。からんからんと軽い音がして、それにすら腹が立ったからキッチンまで行ってぎんぎんに冷えたミネラルウォーターをコップにこぽこぽとなみなみ注いだ。

なんだよ、もう。

なんなんだよ。




『ありがとな』




頭を撫でてくれたあの手の感触が消えない。こんなに時間が過ぎたのに、あの時の優しい声も、温かい手も、困ったような顔も、全部覚えてる。ドタチンは、優しい。ムカつくくらい、優しい。

ああ、せめて

俺を鎖で繋いで監禁するくらいしてくれたなら

―――そうしたら、嫌いになれるのに。

そうしたら、憎むこともできるのに。こんなに、好きでいなくてすんだのに。好きなまま。それが何より残酷なのを、あいつは知らないんだ。俺がこんなに今尚苦しんでいることも知らずに……知らずに、ああ、なんだよ。

知られないように、悟られないようにしてるのは俺のほうだというのに。紛れもなく、俺だというのに。ドタチンは悪くない。何も悪くない。世間一般のセオリーから言って、どう考えてもおかしいのは俺のほうなんだ。何が好き、だ。男が男好きになるってなんだよ。ありえないよ、そんなの。

なのにドタチンは気味悪がることもなく、優しく、頭を撫でた。ごめん、と呟いた顔は、滲んで見えなかった。臨也、と名を呼んだ顔は、俯いて見えなかった。わかってた。最初からわかってたんだ。こうなることはわかってたのに、俺は言ってしまった。言わなければよかったのに、言わなければ、今頃そんな気持ちも忘れられていただろうに。たった二文字の言葉を口にしてしまったがために、俺は自爆したんだ。ドタチンのことを困らせた。痛い、痛い気持ちが、抉るように俺を苦しめる。死んでしまったほうが楽なんじゃないのかと思う程、ドタチンのことを考えると消えてしまいたいと切望する。ドタチン、なんでそんな優しくしたんだよ。気味悪がって嫌ってくれたほうがよかった。そのほうがずっと楽だった。


なんて、俺が元凶だというのに、そんな甘えた考えばかり浮かぶ。今も。

冷たい液体を一気に飲み干す。脳はその冷たさを痛みと勘違いして、俺の眉間に激痛を走らせた。でもそんなことには今更頓着しないで、ただ、その冷たい味気ない液体を煽った。



「…………ドタチン」




呼んだ名に、答えてくれる者はない。知ってる。そこまでバカじゃない。
ならなんで呼んだのかと聞かれても困るけど、不意に口をついてでた、が正しい答えになるかもしれない。

ドタチン、こっち、見てよ。

そう言ったら、名前を呼んだら、きっとこっちを見てくれる。それは、俺じゃなくても。そう、俺じゃなくても、ドタチンは優しい。俺が特別なんじゃない。ドタチンは、優しいんだ。優しくて、仕方ないんだ。優しいね、っていったらきっと、んなわけねーよって笑う。笑って、ぼふぼふと頭を撫でてくる。

そんな想像だってできるんだ。そのくらい彼を見てきたんだ。

水しか飲んでいないコップをバカ正直に洗剤で洗って、元の場所へ戻した。それをぼうっと眺めて、何も考えないようにした。何にもっていうのは、何も。余計なこと、何にも。
でも、できなかった。俺は僧でもなければ悟りを開いてるわけでもない。何も考えずにいることなど、今の俺にとって一番難しいことだ。

ただぼんやりとしたまま、ドタチンのことを想った。

今、何してるんだろう。

あの日のことを覚えているだろうか。


覚えていなくていい。俺との記憶なんて、忘れてしまっていい。それがいい。最初から出会わなかったら。ああ、でもその妄想は辛すぎた。俺という存在には、バカみたいに辛すぎた。ほろりと涙が片目からだけ落ちて、悲しくもないのに涙が出るなんて変なのと、その滑稽さに苦笑した。

出会ってしまった。
恋をしてしまった。

それは、仕方のないことで、それがなければ、今の俺は俺じゃなくて

また、頭を撫でてくれるだろうか。道で出会ったとき、笑って名前を呼んだら、呼び返してくれるだろうか。

それでいいんだ。

だって、この恋は最初から一方通行って、決まり切ってたんだからさ。




――――――――
お題G
臨也の片思い
ドタチンは本当にお母さんだよね

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