デリ日々(甘)







シンデレラとは何か。
灰だらけの少女の名か。はたまた人生ががらりと成功した女の名か。

俺の目の前の王子は、何を思ったかシンデレラになるといいはじめた。




「なに言ってんだお前。シンデレラは女だぞ」

「いいじゃないか、別に!王子がシンデレラやりたいんだ、いいだろ!」

「いや、意味わかんねえから」



わがままなこいつがそんないうことを聞いてくれるなんて最初から思ってもいないから、もういい加減観念して、仕方ねえなんでもやってやろうじゃねえかと口火を切った。



「まず、何がやりたいんだ」

「馬車!」

「いきなりそこかよ!?ほら、シンデレラとか掃除したりしてただろ?あれやれよ」

「えー、掃除なんてデリ雄みたいな低俗なやつがやることだ」

「手前殴るぞ。でも今はシンデレラなんだろ?」

「うむ……」

「灰だらけの人生から一転、華やかなお姫様になるのが、シンデレラだろ?」

「む………掃除やるぞ!」

「おー、やれやれ。存分にやれ」





俺もすっかりこいつの扱いがうまくなったものだ。
これで今日の掃除はやらないですみそうだ。

意気揚々と掃除機を探しにいった日々也に、さて平和になった、テレビでもみようかとリモコンを探した。






【一時間後】








「…………そういや日々也どこ行った?」


掃除機探しにいったはずだろ?なんで音がしないんだ?

静まりかえる室内。

なんか嫌な予感がして、自室に戻ると



「何やってんだ!?お前!!」

「おーデリ雄。見ろ見ろ、掃除してるぞ」

「絨毯水ぶきしてどうすんだこのバカ王子が!しかも絞れよ!!つーか掃除機……って、突っ込みどころが多すぎるんだよ、手前は!!」

「うっさいなー、掃除したんだから誉めろよ」

「誉めれるか!!」

「そんなにいうならデリ雄がやってみせろよ」

「なんだと!?この野郎。だてに手前の分まで毎日毎日掃除してると思うなよ!?いいか、見てろよ、まず雑巾はこう濡らす。こう絞る。絞ったら、…………こういう、棚とかの上を水ぶき、そのあともう一枚の雑巾で乾拭き。こうすれば水垢少なくてすむだろ、それから掃除機はここ!ちなみに絨毯はきっちり端からやっていく。空気の入れ替えのためにドアも開けておいて………って、いねえ!?」




あいつ、人に余計な掃除押し付けやがって、ふざけんなよ、くそやろーが。
ただこの部屋だけは掃除してから……って、そんな場合じゃないっつーの。


掃除機と雑巾を片付けて、リビングに駆け出す。

いない。


まさか。


本日二度目のいやな予感に、キッチンへ走りだせば



「手前、余計な仕事増やしやがって!!」

「ふんふんふーん、ん?なんだ、掃除終わったのか?俺は今皿洗い中だ☆」

「だ☆じゃねえよ!!絶賛皿割り中じゃねえか!大体どんな洗い方したらそんな割れるんだ」

「ん?見てろ?」

「おう」


「まず皿を手に持ちます」

「うん」

「スポンジを持ちます」

「うん」

「スポンジをパリンッ


「………割れます」

「待て待て待て、おかしい!!なぜ今の流れで割れる?むしろすげえよ、お前!」




にしても、ずいぶん割ってくれたもんだ。
足元皿の破片だらけじゃねえか。



「日々也、ほら、手洗え。指切るなよ?」

「ん」

「ほら、拭いて。………はい、よっと」

「うお!!?」



とりあえず日々也を持ち上げてガラスゾーンから追い出す。これは時間かかるな


「あぶねえから、下がってろ」

「…………でも」

「でももだってもなし。ほら、怪我したらあぶねえだろ?」

「………ん」







粉々になった破片を拾い集めて、ゴミ袋にいれる。マスターに報告しないとな。
三枚も皿割れてるし。
余計なことばっかりしやがってあいつ、本当に







*






「日々也?日々也あー?」





いない。


いてもいなくても気になるとは……しょーもない。

毎回毎回、何かやれば俺の仕事を増やしやがって。そのくせ何か失敗すると全部俺のせいにしやがって。一丁前に生意気な口聞きやがって。口ばっか達者なんだからなあ、あいつ。




そういえばどうして急にシンデレラやりたいなんて言い始めたんだ?あいつ。

そりゃいつも突拍子もないこと藪から棒に言いだすような奴だけど、シンデレラのアニメーションでもみたならば、奴なら王子をやりたがるに決まっている。
なんでわざわざシンデレラのほうがいいだなんて、言いだしたんだ?


なぜ、だろう。


まあ、こういうときに日々也が隠れることくらい、知っている。



自室に入ってクローゼットをあけて左から三枚目の服を右に、ずらす!




「みつけた」

「…な!?なな、なんで、わかったんだよ、」

「……お前隠れる場所にバリエーション増やすとかまで頭回らないわけ?」

「う、…みるな、くんな、さわるな、バカ」

「はあ?なんだよ、早く出てこ、い!」

「やだあ!!」




しがみついて離れない。
なんだよ、こいつ。どこにこんな力があんだ。


しばらく押し問答を繰り返して、仕方ないかと諦めてまたクローゼットの奥に潜り込んだ日々也に声をかけた。



「なあ」

「…………」

「もう引っ張らねえから、」

「…………っ、てない?」

「あ?」

「もう、怒って、ない?」

「最初から怒ってねえよ(飽きれてたけど)。悪かったな。無理矢理引っ張りだそうとして」

「………………」

「ところで、なんで急にシンデレラやりたいなんて言い始めたんだ?お前、自分のこと王子だと思ってんだろ?王子出てくるじゃねえか、シンデレラ」

「…………だって」

「ん?」

「だって、シンデレラは、迎えにくるだろ?」

「…………は?」

「好きな奴が、迎えにくるだろ?」








とに、仕方のない奴だ。
だけど、それを聞いて思わず顔が綻んだのは、利己的なシンデレラがほんの少し、可愛いと思えたから




「……………シンデレラ!」

「…………え?」

「お迎えにあがりましたよ、シンデレラ。さあ、私と一緒に行きましょう」

「………デリ雄…」

「と、言ってもリビングに、なんだけどな」




くすりと笑えば、服の隙間からこちらを覗いた幼げな眼光がふにゃりと滲んで、茂みから猫が飛び出すような勢いでクローゼットの中から日々也がダイブしてきた。それを抱き止めたつもりだったけれど、バランスを失った体はそのまま後ろへひっくり返って。



ぼろぼろと涙を流す日々也の頭を撫でて、くははと笑った。
ああ、おかしいな。
不安だったのか?俺が怒ってるのが不安で。

仕方のない奴。
だけど、


だけど、



「ひく、デリ雄」

「…………愛してる」




口付けをかわそう。
どこかの王子がそうしたように。


俺は、利己的なシンデレラに口付けをかわそう。
ずっと離れないという、証になるようにと。



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