トム→←シズ(切)







愛とは、なんだろう。

それは、一言でいえばそう、


哀しくて美しい絶望



*







「トムさん」


声がした。それは、バカみたいに聞き覚えのある声。その響き一つで機嫌がわかるほど、聞きすぎた声。

はっとして顔をあげれば、どうしたんすかと不思議そうに尋ねてくる声の主は、子供がするように首をかしげてこちらをみた。


ぼーっとしてたらしい。
急にまわりの音がざわざわと帰ってきて、がらんと溶けた氷が音をたてた。
飲み残しのアイスコーヒーは、そんな氷で薄くのばされていて、飲んでもあまりうまそうじゃなかったから、何かを誤魔化すようにがしゃがしゃとそれをストローでかき回した。


「ごめん。ちょっとぼーっとしてた」

「大丈夫すか?」

「ああ、悪いな」



そうすかと、目を反らした静雄はふと窓から外をみる。忙しそうに歩き回る人の波に、少し目眩がするけれど、静雄はそんなの気にしていないようで、何か、人ごみの向こう側の世界を見ているように感じた。

俺と、見ているものが違うのかな。



ずず、




違うだろうな。




薄まったコーヒーの不味さなどわかりきっていたけれど、何かを口にせずにはいられなかったのだ、仕方ないだろう。



そんな音に静雄はこちらをむいて、何か飲みますか?と立ち上がりかけながら言った。
ドリンクバーから距離が近いのは静雄だけれど、静雄の飲み物はまだ十分に残っている。少しあわててそれを制して、自分で取ってくるからと笑った。






愛とは、なんだろう。

そんなことを今更考えたのは、きっと、静雄が好きだから。
男同士で、簡単に好きとかそんなふうに思うのはおかしいだろうけど、そもそも俺はどうしてそれをおかしいと思うのだろうか。
好きなら、好き。足掻いたって仕方ない。好きなんて、一時の気の迷いとその場のテンションだなんて誰かに聞いた気がするけれど、それも遠い昔。誰だったかなんてもう覚えてないけれど。


恋なんて勘違いでしかない。

では、愛とは、なんだ?

愛は、勘違いではないだろう。そこに確かに存在する。

誰かを慈しむ心、情。
そんな、美しいもの。

俺の愛は、美しいだろうか。
そうでもない。
多分、たいして美しくもない。


愛は、哀しい。
叶わぬ恋には、哀しい愛がつきものだ。

愛は希望だろうか。
いや、俺は、希望に限りなく肉薄した絶望だと思う。


機械のうなる音がして、コーヒーがどぽどぽと空になったコップを満たしていく。なのに、俺の心はいつまでも満たされないまま。
このコップを粉々にしてやりたくなるほどに、何かを渇望し、苛立っている。

何か、ってなんだ




「……………静雄、だろ」




小声でささやいたその言葉を聞き取ったものなど、きっとこの世界で誰もいない。せいぜいこの投げ付けられることを避けた運のよいコップくらい。


ああ、そうだ。
飲み込まなければならない想いなのだ。静雄には静雄の幸せがきっとあるはずなのだから、俺が介入していいはずがない。それに、俺がその想いを口にしたからって何になる。
静雄は優しいから、きっとそんな俺を気遣って仕事を辞めるとでもいいかねない。
俺が悪いのに、静雄がやめる理由なんて、ないのに、きっと静雄は頑固だから、そんないうこと聞いてくれないだろう。
きっと、





「ずいぶん遅かったっすね」

「ああ、ちょっと選ぶの時間かかっちまってな」

「………本当に大丈夫すか?」

「ああ、平気だ。そんな顔すんなよ、大丈夫だから」

「………はい。…………あの、こんなときに話すことじゃないのかもしれないんすけど、」

「ん?」

「………俺、……好きな、人が、できて」





はたと、体が動かなくなった。
だめだ、何か返さないと、何か、返さないと静雄に悟られる。
笑え、笑え、笑え笑え笑え、

なんでもないように、笑え



「……おお!そいつはめでたいな」

「あの、……でも、なんつーか、その人とは、叶わないっていうか、……その人とは、だめなんです」

「でも、それは静雄が決めてることだろ?「でも!!」




なんつー顔してるんだ、静雄。
ああきっと、本当に、そいつが好きなんだろう。
本当に、その人がいいんだろう。



「でも、だめなんです。どうしても」

「ふられたのか?」

「いや………」

「………お前、自分の力のこと考えてんならそれは違うと思うぞ?それがお前なんだから。愛されちゃいけないわけねえんだよ、静雄」

「…………その人は、認めてくれてます。トムさんみたいに、それが、俺だって、………トム、さん、俺、……あの、」

「そ、そんな顔すんなって、自信持てよ、大丈夫だから。認めてくれてんだろ?良い奴じゃないか!きっと、静雄も幸せになれる。その子もきっと、幸せにできる。だから、頑張れ、な?」






静雄は、目を伏せて

なんだか泣きだしそうだと思った。
なんでだろう。誰かを愛することは悪いことじゃないはずなのに、


ああ、でも、そういう俺の方こそ、







愛とは、なんだろう


そう、一言でいえば、

哀しくて美しい絶望


こんなにも、俺を苦しめる、静雄を苦しめる。


静雄がどうすればいいのか
俺がどうすればいいのか


その答えなど、この世界のどこにも用意されていないのだろうけど、それでもこんなに、俺の胸を裂くその感情は、

セオリー通りに甘くて優しいものじゃない。



静雄の愛の破滅を願う俺の感情は、皮肉にも静雄と同じ愛という感情。


まさに、絶望



そんな俺を笑うように、コップの中の氷ががらんと音をたてた。




―――――――――
10万打記念D

両片想いでトムシズ
なにこれ切な\(^O^)/

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -