イザシズ(狂愛)








「ちょうだい」






えぐりとるように、言葉はにやついた唇から離れて俺の心臓を貫いた。
欲しいよ、ささやいたそれは化け物のようだとさえ思った。恐怖する。この、人間の姿をした化け物を、正真正銘の化け物が恐怖する。
なんとも滑稽。なんとも愚直。
それでも、ねえ欲しいと縋るような声は、俺の首を滑らかな蛇のようにしめる。
ねっとりと、触れかけた唇に顔を背ければくつくつと嫌な笑いが頭の中をかっさばいた。


「欲しい。」

「………、……」

「あんたの愛が欲しいなあ」




ぎらりと光ったナイフよりも鋭い眼光。獲物を欲しがる獣のような
強く嫌なヒカリ。


愛し合ってない。
俺は臨也が嫌いだ。臨也も俺が嫌いだ。ただ、臨也は俺の愛を、異常に欲しがる。俺からの愛情を狂ったように欲しがっていた。
にやりと笑った顔は、それでも笑っているように感じることができないほどに俺を恐怖させて、ひく、と詰まった喉に顎を掬われる。



「ああ、ねえ、シズちゃん」

「………は、」

「愛して御覧よ、俺のこと。そうしたら俺も愛してあげる。骨の髄まで君を愛してあげるよ。だから、頂戴?」





怖い。
こいつが、怖い。
殴ってしまえばきっとそこで終わるのに、蹴り倒してしまえばそれで逃げ出せるのに、俺はそうできなかった。
何故、問われても、答えられやしないのだけど、ただなんとなく、この男に恐怖していた。不気味、と言ったらいいのか、でももっと悪意のある恐ろしさで


「早くちょうだい」

「俺は、……愛してない」

「…………そう」




ぎち、と音をたてて刄が胸に傷を付けていく。抉られたそこからは血が滲みだしたけど、普通の人間だったら確実に死んでいる力であることくらいわかりきっていた。ぎちぎち、刄は真っ直ぐ引きおろされて、破けた表皮とほんの少し裂けた肉の中から溢れる血を見て、臨也はにんまりと笑った。
証だね、と臨也は言った。
これは、契約なんだよと臨也は言った。


ずきずきと脈打つように痛む傷。やめろとぶん殴ればいいのに。頭では思っているのに、拒絶できない。

薬を盛られたわけじゃない。束縛されてるわけじゃない。
だけど俺は動けない。恐怖する理由もない。こいつがナイフ一本でどう頑張ったって、俺に致命傷を与えることはできないのだから。

それなのに俺は怯えている。
自分よりずっと華奢で小さなこの男に。








象はねずみを恐れるらしい。
踏み潰してしまえばそれまでだというのに、なぜだろう。自分よりも矮小な存在に恐怖するのは少ないことではない。言いようのない不安感に襲われるのも、否、不安感ではなくてこの場合目標がわかっているから恐怖なのだが、そうなるのも、多かれ少なかれあること。
別に臨也を自分より矮小な存在だといいたいわけでも、自分を過大評価しているわけでもない。ただ臨也がくそったれなノミ蟲野郎であることは確信出来ているからこそ、俺は戸惑っている。




臨也がこんなことを言い始めたのは1週間程前のこと。はじめこそ何バカ言ってんだこいつはと思って無視していたのに、押し倒された俺はそこでそのまま奴の振りかざした刄によってずたずたにされた。
油断していた、と言ったらそうかもしれない。ただ、なんの迷いもなく俺を人形を切り刻むような感覚でずたずたにした臨也に、直感的に恐怖したのだ。
殺されそうだとか、そういうことじゃない。
ただ純粋に臨也が怖いと思った俺は



今もこうして臨也の言いなりになっている。
頭では何やってんだと思ってる。なのに体が勝手に動いていた。それは勝手にキレてどうにもならなくなったあの感覚に似ていて、ただその一方で、愛が欲しいと飢える臨也を哀れだとも思った。

かわいそうな奴。
そんな感じもした。
だからこそ俺はここにいるのかもしれないのだけれど、俺を傷付けて嬉しそうに笑う臨也を不気味だと思うのも本当だけれど、それ以上にそう哀れんでいるから突き放せないのかなと思う。
愛に飢える。それはまるで昔の俺だ。
誰からも愛されない。愛しちゃいけない。そう思っていたころの俺に似ている。実際のところ、内面ではかなり違うのかもしれないけれど、俺はそう思えて仕方なかった。


恐怖している、だけど哀れんでいる。この狂った人間が、俺の愛を渇望する。
わけがわからなくなりそうだった。
愛していないのに、こいつは俺に愛されたがる。
どうして、なんで

愛してないといえば俺の体に傷を付けていく。
証だよと、笑う。



「………どうして、」

「…………」

「どうして俺なんだよ」

「………君がいいの」

「理由が聞きてえんだよ」

「シズちゃんなら、わかるだろう?」

「え…」

「人間になれないものの気持ち、わかるだろう?」






何、言ってんだ?
おまえは人間だろう、俺が人間じゃなかったとしても、おまえは

ぽかんとしている俺に、臨也はくつくつと笑いを落として


「愛してよ」

と囁いた。




愛してないのはお前のほうなのに。
愛してないのは、いつだってお前のほうだろ?
俺は確かにお前が嫌いだけど、でも、




でも、なんだ?
わからないけど、言い訳がましく口が開きかけた。



なんだよ、それ

お前、人間じゃないのか?
俺は、俺は化け物かもしれない。でも、俺だって人間でありたいと願うのに、お前は、なんでそんな




なんでそんなに何かに絶望したような目をしてるんだ?



「愛されたいのか」

「愛されたいわけじゃない」

「じゃあどういうわけだ」

「君の愛が欲しい」

「意味が「君が、欲しい」





臨也の目から、ほろりと音もなく涙が落ちた。
それは酷く儚げで、臨也がどうしてそんな顔するのかも、臨也がどうしてそんなに俺に固執するのかもわからなくて、ますます俺は戸惑った。
どうしたらいいんだよ、なんで泣くんだよ、わからないのに、お前がなんで涙を流しているのかも。
悲しいのか?辛いのか?わからないのに、


言葉にしなきゃわかんねえのに、





「君の心臓が欲しい」

「…………」

「そうしたらシズちゃんは俺だけのものだよ。シズちゃんの心臓を手に入れるために、俺は君の体に印を刻んでるんだ」

「………そんなの」

「いつか必ず抉りだして見せるよ、シズちゃん」




わからない。
きっと、臨也の心なんてわかる日は来ないんだろう。壊れてしまった理由もしらずに、俺は今日も臨也に愛を強要される。


どちらかの息の根がとまるまで

きっとその渇望は終わることはないのだろう。







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10万打記念A
ホラーっぽい話になったな

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