シズイザ(切甘)




とすん、





軽い音が耳についた。
自分の下でまたかと呆れたような顔をしている男はだからといって何か言うわけでもなく、刄をつきたてた俺のほうも見ずに、ただぼんやりと天井を眺めている。

刺さらなかった。
殺す気で刺したんだ。
なのに、なんで?


わかりきっていたこと。じんわりと白いワイシャツには赤い血が滲んでいたけど、自分が望んでいた量じゃない。ちっとも、


「死んでよ」

「……なんで」

「死んでほしいから」

「はあ………理由になんねえよ、そんなの」

「………じゃあどうしたら死ぬの?」

「知らねえよ、んなこと」

「…………こんなに殺したいのに」



殺すことさえままならない。殺意はある。あるけれど、殺せない。
持て余した殺人衝動は行き場をなくして困り果てている。

突き立てたナイフを引き抜いて、ああ、なんでだと唇を強く噛んだ。



「………、…」

「臨也」

「……?……ん、」



そんな唇を掬うように口付けられた。ベッドがきしんで、俺の心も、そんなスプリングのようにないて、それは、痛くて、いた、くて

唇は、何度も、離れては触れ、触れては離れて、角度を変えてまた触れて。
優しい、はずなのに、俺の胸の奥は痛いまま、
ぎしぎしと、痛むままなんだ。
どうして?
どうして、

わかんないよ、わかるわけないだろ、こんなの、俺らしくない、俺じゃない



「…ッ……理不尽だ、」

「は、………理不尽ねえ。俺が一番それに苦しんできたわ」

「………本当嫌い。腹立つ。普通が、普通じゃないなんて、……ずるいよ」




シズちゃんはずるいよ。
普通じゃないから、新羅もセルティも他の奴らもみんなシズちゃんをみて、俺は、

俺は、



人間観察が好きだ。
人間が好きだ。
でも、個人を愛したいわけじゃない。そんなわけじゃない。むしろそれを拒んできた。
なのに、
なのに俺は、俺はシズちゃんを



「嫌い」

「………聞き飽きたぞ、それ」

「大ッ嫌い」

「そのくせ、寄ってくるのな」

「…………うるさい」




仰向けのシズちゃんの上で、俺はぎゅうと抱き締められて、息苦しいのに、人間はどうしてこんな行為をするのだろうと思った。
どうして、俺はそんなこと思ってるくせに、そうされたがるのだろう。

わからない。
きっと、いつまでもわからない。
ああ、でもきっと俺はわかってる。心のどこかでは、この答えを知っているから



君を殺したくて仕方ない
怖くて仕方ない



「化け物め」

「そうだな」

「早く、死んで」

「臨也、」

「……………」

「そんなに怯えるなよ」

「………て、ない…」

「……怯えてるだろ」





抱き締められて、
怯えてなんかない。怯えてない。
ただの事実だ。事実なんだ。俺は人間を愛しているけど、人間以外のものは愛してない。
だからこいつも愛してない。愛してない。そのはずなんだ。そのはずなのに、


わからない。
自分の中のパラドックスが俺を追い詰めて、それは凶器になった。凶器になった俺の迷い戸惑いは、俺の手の中のナイフになった。ナイフは、シズちゃんを殺してしまおうと振り上げられた。


恐怖していない。
愛していない。
きっと俺は、ダメになる。
あんたがいたらダメになる。化け物、化け物、化け物。人間の姿をした化け物が、俺を揺さ振っていいわけないだろ。



体を起こしたら、腕はするりと離れていった。見下ろした彼は一度大きく目を見開いて、そしてそのあとは笑うでもなく、何をするわけでもなく、ただ、そこに横たわっていた。



「きらい、だ。あんたなんか。殺したくて、仕方ないんだ」

「臨也」

「あんただってそうなんだろ!?あんただって俺が嫌いなんだ!!俺のことなんて、見てくれてない、俺なんか、いつだって、一方通行だから、「臨也」

「…………、…」

「……泣くな」










おかしいよ。
嫌いなんだ。そのはずなんだ。だから君を殺したいんだ。そのはずなんだ。
もう一度振り上げたナイフは、自覚があるくらいに、かたかたと震えていて、ああ、きっと、これは怒りだ。だから震えていて、だから、こんな気持ちになるんだ
そうに決まってる。そのはず、なのに



「臨也」

「………んで、なんで」

「………臨也」

「動けよ!!なんで俺の体なのに言うこと聞かないんだよ!!シズちゃんなんか、シズちゃんなんか、あ……」



ナイフを持った腕を掴まれて、ぼろりと目の淵にたまった水滴が赤い染みの上に落ちて滲んだ。
シズちゃんはもう何にも言わなかったけど、怯えるなと目が言っていて


怯えないわけないだろ、あんたは、化け物だ。
ああ、違う。わかってる。怯えてるのは、何よりも俺の心に対してなんだ。



「………シズ、ちゃん」

「……好きだ」

「嘘、」

「嘘じゃない」

「……嘘だ!」


叫んだら涙を拭われた。
はっとして息を飲んだら、口付けられた。


愛していない。

嘘じゃない。
愛していない、はずなのに
だってこいつは化け物だ。俺は、人間を愛してる、だから、個人にそんな感情、向けるわけ、ああ、でも



押さえきれないこの気持ちは
溢れるようなこの気持ちは

その名は、誰よりも俺が知っている。




「…………だから、言ったんだ」

「…………」

「理不尽だ…、あんたの力も、愛情も。バカのくせに、一丁前に愛してるなんて、」

「バカは余計だ、バカ」

「……は、……なんだかな。もう、疲れたよ。でも」

「………」

「……やっぱり嫌いだよ、バーカ」














弱く笑った。からんと軽い音がして、ナイフはベッド脇の床の上に落ちる。それは、俺のくだらない虚勢が剥がれ落ちた音にも似て、それを聞いたら、ほんのりと胸が熱くなった。

不思議ともう、シズちゃんが怖くなかった。
不思議ともう、好きだという彼の言葉が嘘だと思わなかった。



愛していいのだろうか。

今はまだわからないよ、だけど、どうしようもなかった殺人衝動が少しずつ薄れていく気がして
俺もできるかな。あんたがそうできるんだから、俺にだって



きっといつか、君を愛してあげられる

それでいいと思ったんだ。



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10万打記念@
何が書きたかったんだろう。

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