池袋は相変わらずだ。
誰も池袋一平和主義者な喧嘩人形と、裏世界でまれに表まで影響が現われるような悪性腫瘍を作りまくる情報屋が、まさか恋仲などとは知るよしもない。
そんな情報を私が得ていることを不思議に思うかも知れないが、仕方がないことなのだ。
腐れ縁、というやつで。
久しぶりに出歩いた街中で、二人を見かけた。
この街と同じく相変わらず、静雄が臨也を追い回していた。
ただその会話が
『い〜ざ〜や〜く〜ん、池袋にはもう来るなってあれほど言ったよな〜あ?』
『あはは、酷いなあシズちゃんは。俺はまだ何にもしてないのに』
『うるせえ!池袋にはあぶねえからくんな!この前みてえなことがまたあったら俺はなあ…』
『あれ取引してたのは新宿だし。池袋の危険要素って9割9分シズちゃんじゃん。まずそんな心配した素振りを見せながら街灯振り回すのやめたほうがいいと思うよ。まあシズちゃんが俺に会いたくないならいいんだけどね。ほら、シズちゃんって自分から訪問してくるタイプじゃないじゃない?だから俺から会いにきてあげてるわけだよ。』
『…ごちゃごちゃと……いいからくんなっ!!』
『だってシズちゃんに会いたいんだもーん』
『――――ッ!!』
とかいうイライラするくらいの痴話喧嘩になっていたのに気付いた人間も多分そういないだろう。
セルティはどうやら気付いたみたいだったけど。
そんなとき
「待ちやがれ、臨也あああ!!!」
という怒声と
「あははは!ほらほら早くしないとこの前隠し撮りしたシズちゃんのあんな写真やこんな写真をネットで売りさばいちゃうよ!!」
とかいう声が破壊音と共にしたため、噂をすればと、肩を竦めてくつくつと笑った。
不意に車のエンジン音が後方で停止する。
振り返ると黒光りした高級車がそこにはあって、池袋ではだいぶ浮いてしまうその容貌にその車の所有者は容易く理解できた。
「…やっぱりあいつらはあーでなくっちゃね。どう思います?片桐さん」
「知らん」
片桐は酷く不貞腐れたように全開した窓から煙草を捨てた。
新しい煙草に火をつける姿はかなり見栄えがいいというか綺麗なのに、その頬には痛々しくガーゼが貼られていて、それが彼の雰囲気を酷く歪めていた。
「手伝ってくれてありがとうございました」
「別に手伝った覚えはないし、構わない。私が好きなようにしただけだ。あんたの最後の"お願い"だって、『好きなようにあの二人に自覚させろ』だろ?それに女には困らないし」
「うわー僕も一生のうち一回くらい言ってみたいですよ、……なんて言ったらセルティ怒るだろうなあ……ああ、想像しただけでぞくぞくするよ。可愛いなあセルティは」
「変態め」
「あ、頬っぺた治りました?静雄に殴られて折れなかっただけすごいですよ」
「見てわかんねえのか。誉め言葉にはなってないな、岸谷さんよ。まだかなり痛いし」
イライラとそう呟く片桐にごめんごめんと謝って、ようやく晴れ渡った空を見上げた。
池袋でひっそりと始まった静雄の帯電事件は、またひっそりと消えようとしていた。
彼らもまた予想だにしなかっただろう。
まさか自分たちが恋仲になろうなんてことは。
人が思い通りに動くのは確かに楽しい。
その中でいいカタチで裏切られるのはもっと楽しい。
臨也の気持ちもわからんでもないなと、笑った。
「……私はこの街から姿を消す。そして新宿からも」
「え?」
「海外のほうでやらなければならないことがあるんだよ。まあ、最初から、折原が私のことを好きになっていたとしても、こうするつもりだったからむしろ清々しい。清々するだろう、あいつにとってもな」
「それじゃあ、もう会うことは」
「まずないだろうな。あんたとも、あいつとも」
いつか報復を受けそうだと片桐はどこか悲しそうに苦笑した。
離れたところで静雄に追い回される胡散臭い笑顔を浮かべた臨也にむけた目線が甚く優しくて、この目を見たらきっと誰も、彼を責めたりできないのだろうと、思った。
「それじゃあ行くわ」
「あれ、もう行くのかい?」
「ああ。……あ、これ折原に返しといて」
窓からぬっとでてきたのは黒い鞄。
なかにはまあ、なにかしらの大金だろうと想像した。
「わかりましたよ」
「そじゃあ、達者でな。あんたとは不思議な縁だった」
「臨也によろしく言っとかなくていいんですか?」
「いいよ。何か言うとしたらさようならとでも言っといてくれ」
「はいはい」
窓を閉めた片桐の車は、のっそりと、この街と、1人の男との別れを惜しむように路地へと消えていった。
残された重々しい鞄だけが、あの人間の痕跡を残していてた。
「さて、と」
怒声も消え、ざわざわと音を取り戻した大通りを見て、二人はどうしたんだろうなどと思う。
心配しているわけでもなく、干渉するつもりもない。
ただふと、そう感じただけだ。
そろそろ行くかと静かに暇(いとま)と平穏を取り戻した池袋と自分の日常にどこか寂しさと、安堵を感じる。
もう電気はこりごりだと肩を落として、しばらく蝋燭で生活してみようかなあなんて考えながら、おろしていた鞄に手を伸ばした。
パチリ、
「痛っ」
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長かったあ、
前サイトの作品にほんの少し手を加えたもの
自分としては結構好きな作品です