「……落ち着いたかよ」
「ひくっ、シズちゃん、こそっ……、…」
暫く泣き続けて、まだ身体の中にこんなに残ってたのかと思うくらいに涙を流して、シズちゃんを困らせるだけ困らせて、ようやく落ち着いて。
腫れぼったい目にシズちゃんはさっきのバスタオルをぐいっと押しあててくる。
痛いよ
そう怒ればシズちゃんは何も言わずにいた。
バスタオルのせいで顔が見えない。
やっと絡むバスタオルから抜けたなら、今度はじーっとシズちゃんが俺を見つめていた。
何だろうと思っていると、くしゃと荒れた前髪を、指先で寄せられ、そっと優しく、だがどこか雑に、涙を拭われた。
この感じ…
そうか、あのときも
「……あのあと俺が新羅の家にいたとき、シズちゃんこうしたよね」
「……覚えてんのかよ」
「ううん、なんとなく。夢だと思ってた」
「………だって手前が俺を呼ぶから」
真っ赤な顔をしてそう呟くシズちゃんに、思わず吹き出して、喚く彼に心配してくれてたの?と尋ねれば、無愛想な短い返事が返ってきた。
名前呼んでたんだろうな、と何故かすんなり腑に落ちて、寄せられた前髪にほんのりと温かさを感じていた。
ところでなんでさっきあんなに泣いたんだと、シズちゃんが尋ねるから、俺の顔から離れようとしたその手を両手でほとんど無意識に掴んで、口を開いた。
あの日から、口外することは一生ないだろうと思ってたあの記憶を、自分でも驚くくらい自然に口にしていた。
「俺、さ………片桐に2つ頼みごとしたんだ」
そういえば片桐と言われて人の名前覚えるの苦手なシズちゃんはわかるのかと思ったが、彼の手がぴくりと反応したから、わかってるのかと勝手に判断する。
憤りとも後悔とも怖れともつかない奇妙な震えが俺を蝕みはじめるけれど、言わなければ、言わなければと自分自身をけしかけるように呟いて、夢中で話し続けていた。
「一つ目は…、俺を乱暴に、抱いてって頼んだ。……シズちゃんに対する自分の気持ちが、信じられなくて、…一時の気紛れなんじゃないかって、そう思って、
だからいっそ片桐に乱暴に抱かれてしまえば忘れられるんじゃないかって思って、
あわよくば片桐に溺れられればなんて、そう考えて」
シズちゃんは何も言わない。
掴んだ俺の手を壊さないように握り返して、ただ、息をしていた。
ただ、そこにいた。
それだけなのに必死に涙を飲み込む俺の虚勢もなにもかもをぼろぼろに溶かすようで。
「でも、だめだった。
よけいに辛くなった。
よけい、シズちゃんに、会いたくなった。
よけいに好きだって自覚したんだ。
ごめん、シズちゃん、ごめ…「もういい」
謝るな、そう言うシズちゃんに俺はまた少し落ち着いて。
「もう1つは?」
「もう、1つは
キス、しないでって言った…」
「な………」
「シズちゃんが、俺のこと好きだなんてこれっぽっちも思ってなかった。少しも考えてなかった。
でもね、シズちゃんとじゃなかったら嫌だって思った。
気持ち悪いと思うなら思ってくれてかまわないさ。でも誰を抱いても抱かれても、気持ち良くなかった。
どっか違和感があった。誰と何をしてても、シズちゃんを思い出して、だからどこか儀式的なキスを、俺はできなかった。
シズちゃんじゃなきゃ、嫌だった。
シズちゃんじゃないなら一生しなくていいって思ってた。
だからね、シズちゃん、俺……実はさっきの初め「ああ゙ああ゙あ゙あ!!」
「………あ?」
「初めてじゃない!!こっち向け!!」
「は?何言って……うわっ」
ソファーに倒されて、シズちゃんは眉間にしわを寄せて叫ぶように。
「これからすんのが、初めてだかんな!!さっきのはノーカンだ!!あ゙あ、くそ、気持ち悪いわけねえだろ。どうしたらいいんだよ、なんつーか…………超、嬉しい……っつーか…」
「シズちゃ……」
「……いいのかよ。すんぞ?」
「………シズちゃん、し…」
て、
言葉は、口内に押し込まれて、押しつけられる唇に、俺だって嬉しいよと涙して。
愛しているよ、癪に触るけど。
押しつけた唇に、また涙が溢れた。
それは優しいキスだった。
そしてそれは、これからすることが同様に優しいものだと教えるようなものだった。
それでもそれはどこか雑な
それでいてどこまでもはっきりと
"シズちゃんの"キスだった
「っ……ん、ふ…ぅ」
唇が触れる。
何度も焦らすように、勿体ぶるように、シズちゃんは軽いそれを繰り返す。その行動はどこか俺という存在を確かめているようにも感じた。
おかしいな、昨日までは触れるどころか近づけもしなかったのに、今はどうだ。
死ね死ね言い合ってた俺たちがキスしてるし。
自分でも想像してなかったし。
「ん……シズちゃ、…も、と」
「………、口開けろ」
「…ぁ………んぅっ、んん…」
熱い。
少しあけた唇を割って侵入してきたシズちゃんの舌が、燃えるように熱い。
絡めとるように求めてくるそれと、躊躇する俺の舌が縺れて。
ぞくぞくと背筋が騒めく。
行き場をなくした俺の腕はいつのまにかシズちゃんの背中を掻き抱くように掴んで、溢れそうになる愛しさにどうしようもなくなってその手をもっと強く握り締めて。
長い長いキスに酸欠になっても、俺はもっととキスをせがむ。
重ねた唇から、
絡めた舌から、
交ざる吐息から、
握り締めた背中から、
身体中が溶けて一緒になるように
君に愛しさが伝わるように
ねえ、シズちゃん
好きで仕方ないよ
「っ……は…………」
「…は、あ……シズ、ちゃ……」
一体何分、こうしていただろう。
至近距離で見合わせたシズちゃんの顔は至って真面目で、その一方で俺はただぼーっと唇が痺れているのを感じていた。
覆いかぶさるように俺を抱き締めたシズちゃんは首筋に顔を埋めてくる。
ああ、シズちゃんの匂いだ。
煙草の匂いの中に在る、シズちゃん自身の匂い。
世界で一番大嫌いだった人間の匂いだ。
俺が唯一嫌いだった人間の匂いだ。
世界で一番大好きな人間の匂いだ。
「…あ、…ふぅ…」
「……臨也…」
「ん〜……、…舐めるな、……。シズちゃん、っあ、ん」
「感じすぎ。手前本当は女なんじゃ「ち、違うっ!」
反論すれば可愛いななんて笑うから、それは男に言うセリフじゃないと不貞腐れた俺はそう言って、それならとシズちゃんが首筋に触れていた唇を輪郭添いに滑らすように耳元まで吐息を寄せて
ひう、と喉が鳴る。
戯れるように耳殻を食んで、好きだとそれだけ彼らしくもない声で囁いた。
不意に抱えあげられ、何をするんだと力の入らない身体をばたつかせれば、こっから先はソファーじゃ無理だろうがと怒られて、そのまま寝室へ担がれ、ベッドへ捨てられるように落とされた。
間髪入れずシズちゃんが覆いかぶさるように俺を押し倒す。すぐにたくしあげられた薄手の黒いそれが妙に卑猥で、その布の擦れる音が、それだけで空気を乱した。
耳元から胸へとなぞるようにおりてきたシズちゃんの熱い唇が服が擦れて僅かにつんと立ち上がった突起を包むように食む。
ぞわりと粟立つ肌に、シズちゃんは吐息まじりに笑って。
その熱さに絞るような声が漏れた。
抱え込むように抱いたシズちゃんの頭は妙に厭らしくびちゃびちゃと突起を舐め回す。
それだけで跳ねる身体に、くつくつと嘲笑。
「……ぁ……、ん…」
「男の癖にこんなとこで感じやがって」
「うるさ…ぁ、…んんっ…シズちゃ…」
シズちゃんの武骨な手が自覚があるほど華奢な俺の腰や胸や腹を這う。
別の生き物のように、するすると身体を這い回る。
もどかしくて身を捩れば、不意に貪りつくようにしていたシズちゃんが離れてベストとワイシャツを脱ぎ捨てた。
俺の服も抵抗するまもなく剥ぎ取られてベッドの下に捨てられる。
笑えるくらい、ドキドキしていて
笑えるくらい、息も荒くて
お互いにそうだったみたいで、目が合ったら笑ってしまって
恥ずかしいからと悪態を吐く俺をうるさいと一言で牽制して、むしりとるようにベルトを外されて、何のためらいもなくズボンを脱がされた。
下着のみの俺を見て、やばいと苦笑するシズちゃんはいつもと違くて、でも一緒で。
どうしようもない。
好きで、
それはそれは滑稽なほど、
彼が好きで
*
愛していないものとするセックスは、酷く意味のないものだった。
あれほど片桐に抱かれて、何度も果てたのに、今俺はこんな男と絡める素足さえ、涙が出るほど心地好くて。
交ざりあうように、
混ざりあうように、
雑ざりあうように、
深く荒くキスをして、
後孔に沈められたシズちゃんの指に身を捩って
シズちゃん、
どこですれ違ってたのかな俺は、いつからこんなにシズちゃんが好きだったんだろう
そばにさえいれなくなったことが、俺は怖くて仕方がなくて
シズちゃんに会いたくて、
会えないままに死ぬことすら俺には十分すぎる恐怖で
「……っぁ……、…」
ずるりと出ていったその指の感覚に喪失感を覚えて、シズちゃん、と見上げてみる。
余裕のない真っ赤な顔で、いつもみたいに「あ"?」と怪訝そうな顔をするから、
「……いれ、て……」
「っ………、はあ…途中でやめろって言ったって知らねえからな」
「いいよ。残念だけど俺処女じゃないから多少無理しても平気」
「ばかやろう」
「なんだよ」
「俺とは初めてだろうが」
だから処女でいいんだとか支離滅裂なことを呟いて、シズちゃんは俺の腰を掴んだ。
ぐち、と艶めかしい水音が部屋に響いて、
裂けるような僅かな痛みと、
内臓が押し上げられるような圧迫感と、
はぜるような快楽とに、
なんか、よくわからないくらいシズちゃんのことが愛しくなって
「あ、っく……んんっ」
「大丈夫か?力抜けよ」
「わかって、る……」
そう言って俺が息を吐いた瞬間にずぶずぶと一気にシズちゃんが入ってきて、がくんと背中が反れた。
悲鳴のような嬌声にシズちゃんは興奮したのか、はあと大きく息をついてから快楽と圧迫感に震えた俺の唇を塞いだ。
とくんと
俺の心臓は鳴いた。
握り締められた両手と、
離れた唇と、
混じる吐息と、
濡れた瞳と、
繋がった身体と、
泣きそうな顔をしたシズちゃんが、好きだと呟いたこの声と、
張り裂けそうな愛しさと、嬉しさに、
俺はぼろぼろ泣いていた。
決して苦しくないわけじゃないけれど、がんがん突き上げられるたびに、ああ、俺は幸せなんだと思う。
「う、あっああ、はあっ…ん」
「臨也、……いざ、や」
「ん、ああっ、シズ、ちゃ……ふあ、」
好きだとシズちゃんは狂ったように何度も言って、俺は狂ったように喘ぎ身を捩って
なにかが身体の奥ではぜた瞬間に、混濁した闇に意識を呑まれた。
ああ、もうダメだ
好きすぎる、
「好きだ…臨也」
「もう二度と、放してやらねえからな…」
どくどくと注がれるシズちゃんの欲。
ああ、誰がこんな結末を予想してただろう。
俺すらわからなかったこの結末を。
ただ今は、抱き寄せられたシズちゃんの腕の中で
もう少し
もう少しだけ、
甘えていてもいいだろうか…