呼び鈴ならす必要なんてないんだろうか。

シズちゃんが、死んだなんて俺は信じちゃいない。
でもドアを開けられないのはきっと心のどっかで最悪の結果を思っているから。
どうしてだ、あんなに死ねばいいとお互い思っていたのに。

いなくても苦しいなんて質が悪い。


俺は限りなくシズちゃんがいなくなることが


怖くて、

怖くて、


こんな薄っぺらな板一枚に、俺の想いも何もかもを阻まれている気になって、




途方にくれて蹲る。


どうしてこうなった。


もう何度もそう思ってきた。
これは後悔というよりか懺悔に近い。


俺を許して、

こんな俺を、許してよ


そう思うと、自分の自己中心的な考えに吐瀉するように泣いた。
俺はバカだ。


本当に、バカだ。




「っ…、シズ、ちゃ……ちゃん、シズちゃん、こんな、好きだった、のに。いなくなるなんて、酷い…よ、」










泣いて、
泣いて、泣いて
でもシズちゃんが帰ってくるわけじゃなくて、
わかってるのに涙はとまんない。


泣き崩れて、それでもやっぱり扉を開ける勇気はなくて、何度も扉の向こうにいるはずの彼の名前を呼んだ。


君が嫌いでした。
大嫌いでした。

人が好きな俺が、
初めてといえるくらいに大嫌いになったのが、君。


……シズちゃん



だから君が嫌いなんだ。



救けてくれるんだったら、自分も助かるすべを模索しろよ。
こんなのちっとも、かっこよくない。
そんなかっこつけな性格じゃないくらい、嫌というほどわかってるけど。
シズちゃんが、そんな人間を嫌うくらいわかってるけど。

わかってるのに、

どうして君を嫌いになったのかなんて、誰かに問われても多分答えられない。
彼ならすぐにマシンガンのようなスピードで答えられるんだろう。
でもそれでいい、それが、俺たちだったから。




シズちゃんが嫌い。


あいつの全部を拒絶したい。
否定したい。
消し去りたい。


そう思ってたときもあった。
それは本当だ。

ああ、それなのに俺は


シズちゃんが、
理屈こねくり回すやつ大嫌いなこと、
暴力が嫌いなこと、
だから自分も嫌いなこと、
でも今はそんなことないこと、
俺のことが世界で一番嫌いなこと、
平和に生きたいこと、
本当は気持ち悪いくらい優しいこと、
不器用なこと、
不愛想なこと、
素直じゃないこと、
嘘が嫌いなこと、
雨が嫌いなこと、
それでも好きになろうとしていること、
高校のとき、購買でしょっちゅう苺牛乳と焼そばパン買ってきてたこと、
屋上が好きだったこと、
火曜日の午後はめんどくさがって授業をさぼっていることが多かったこと、
俺以外の奴には笑うこと、
ちゃんと煙草を携帯灰皿に棄ててること、
自分というものを認めようと一生懸命なこと、


認めてほしいと本当は願っていること






俺は、こんなに
あんたのこと知ってる。


違う、知ってたんだ。


シズちゃん、こんなに君を知っていたんだ。
むしろ、知っているから嫌いなんだ。

そのはずなのに、

思い出すと胸が軋む。
切り刻まれたように痛む。
じくじくと膿んだように傷む。




思い出したくない。
なのに勝手に蘇る。
遠い記憶に成り果てた、だけども怖いくらい綺麗に残ったシズちゃんの

視線が、
声が、
力が、
匂いが、







彼のまとう紫煙の匂いが好きだった。
俺は自分じゃ吸わないけれど、あれは特別



そう、丁度こんな……―――――










*
















「……………」



とんとん


「ん?なんだい、セルティ」

『お前は、本当に性格悪いな。改めて思った』

「酷いなあ………く、あははは!ははは、だってさ、だってあの顔見た?臨也のあんな顔初めて見たよ!!あ〜……面白くなったなった。やっぱり彼にもお礼しないとだめだな。何がいいかな、セルティ」

『知るか!たく………聞いてる私のほうが胸が痛かったぞ』

「胸が痛いなら僕が見てあげぶっ!!」

『だまれっ』
















*






一瞬脳がフリーズしたのがわかった。
がばっと頭を上げて辺りを見る。
どこからか、覚えのある煙草の匂い。

気のせいじゃない、
立ち上がり廊下を駆け抜け、一心不乱に階段を降りようとすると
















「……シ………っズ、ちゃ………え?」

「……よぉ」




上から二段目あたりの階段に腰を下ろし、バーテン服に身を包んだ男がのうのうと煙草を吹かしていた。


振り返ったそいつはいつものグラサンをかけ、コンビニのビニール袋を手に提げているというあまりにシュールな姿で。



「………んで………し、死んだんじゃなかったのかよ!!?」

「…は?……はああああ!!?」

「ちょっ…嘘だろ」

「何言ってんだ手前は!!顔合わせた一発目に言う言葉が、それか!?ああ"!?」






…………………。




あんの糞医者あああああ!!!!





だましやがった………
いや、確かに死んだなんて一言も言ってなかったけどね!?
明らかに死んだみたいな雰囲気だったじゃん!!
あの状況なら誰でも信じるだろうが!!


なのに…






「ぴんぴんしてんじゃん!!!」

「なあにを言ってんだ、手前はよぉお!!」

「なんなのこれ!まじで俺ただの痛いやつじゃん!
本当に恥ずかしいんだけど!………てか




シズちゃんいつからここにいたの?」






「いつって……帰ってきたら手前が玄関先でぐずぐず泣いてやがるから入れなかったんだろが!!つーか泣くな!汚ねえ!気色悪ぃ!」

「も………最悪だ。俺が悪かったよ、帰るから。じゃあね」







やばい。
聞かれてたのかもしれない。
聞かれてたらどうしよう。


好きだったとか言っちゃったし、泣きながらシズちゃんのこと何回呼んだよ……

最悪だ、さようなら俺の恋心。










「待てよ」


逃げるように階段を駆け下りようとした俺の腕を、シズちゃんが急に掴む。
放せと振り払おうとしたその手にはぐるぐると白い包帯が痛々しく巻かれていて、それはどうしようもないくらいにシズちゃんには似合わなくて、なのに妙に視界に映えて。
ふともう片方の手も見れば、やはりそっちも同じように白。



急に怖くなった。

なんだかよくわからない、でも強烈な恐怖の渦が、確実に俺を蝕んでいく。

かたかたと身体がふるえて、倒れかかるのをシズちゃんが易々と支えてくれて

そこで、気付く




「………シズ、ちゃん…」


「あ?」

「………電気、は?…電気、もう出ないの?」

「あ〜…………ちょっと大量に使うときがあってな。気失うくらいまで放電して、次気付いたときにはなくなってた」

「……」

「臨也?」

「………手は?」

「少し火傷した。もうほとんど治ってんだけどトムさんが治りかけが一番危ないみたいなこと言ってたから」






ああ、俺は最低だ


シズちゃんなんかに気を遣わせている。
まだ冷たい風が寄り添うように階段で立ちすくむ2人の男の隙間を縫うように吹き抜けるから、妙に切なくなって、
甘えなどというもののベクトルを彼に向けようなんていう気持ちはこれっぽっちもなかったけれど、寒さに便乗して未だ掴まれた腕から伝わる手の温もりを心地よいだなんて。
沈黙は気まずさを含んではいなかった。
含有されているのはただ昔を思い出すような懐かしさ。


ねえ、俺のこと助けに来てくれたの?

どうして?

俺のこと嫌いなのにどうして?

どうして命懸けであの扉をあけたの?






そんなこと、聞かない。


聞けない。

聞ける分けないだろう?




沈黙を裂くようにシズちゃんは俺の腕を放し、煙草を胸元から出した携帯灰皿に放り込んで階段をのぼりきった。




「シズ…「入れよ。玄関先でぐずぐず泣いてたやつを追い返すほど腐っちゃいねえよ。別に手前じゃなくても入れてやんだからな!てかむしろ手前を例外的に入れてやんだからな!勘違いすんじゃねえぞ!?」




体裁を保とうと乱暴に言葉を放ちながらドアの鍵を開けるシズちゃんに思わずくすりと笑って、

なんなんだと怒鳴られて



「はいはい、ツンデレツンデレ」



それだけ言ってやった。


*








「コーヒー飲むか?」


「気ぃ使わないでよ、気持ち悪い。なんか痒い」


「ああ"!?」


「ほら、お隣に迷惑だよ?うちと違って壁うっすいんだから」


「……っ…!………ぐ…」







そう言ったのに目の前には淹れ慣れたコーヒーが置かれて。
シズちゃんを見上げれば目も合わさずにどかりと隣に座るからソファーが沈んで傾いて、何も言わずに新しい煙草を口に咥えて火を点けようとしていた、
んだろうけど




「………え?」

「あ"?なんだよ」

「シズちゃ……え?マ、マッチ?」

「あ?」

「……なんでマッチで火を点けようとしてんの!?」

「………………あ、そか」




もうライター使っていいのかと、シズちゃんは一度出したマッチを箱に戻して、部屋にライターを探しに行った。

シズちゃんが帯電してからどうも調子がでない


ああ、あれさえなければ、俺はもっとうまく生きていられたのに、シズちゃんなんかにこんなに動揺させられることもなかったのに

でも、それでも

どこか感謝してる。


破裂しそうな切なさは、何より会えなくなったことで、今は、薄れてくれたから。





シズちゃんが俺のこと嫌いなのはわかってる。
シズちゃんが一生かかっても今の俺と同じ感情を抱くことはないこともわかってる。
俺が今自分の気持ちをシズちゃんに伝えたところでそれは一時の嫌がらせにしかならない。


全部わかってる。


わかってるよ、シズちゃん。


だから言わない。

言ったりしない。

このコーヒー飲んだら、すぐでていこう。
それで、戻れるならば、今までと同じに戻ろう。
また、喧嘩しよう。
また、殺し合おう。
それでいい、いいよ。

シズちゃんが嫌い。
大嫌い。




それでいい。












気が付くとシズちゃんが戻ってきた。
なのに、手にはライターも煙草も持っていなくて。




「………シズちゃん?どうしたの?煙草は?」

「…………」

「……………?ねえ、どうしたの?

………シズちゃ……ぁ」








瞬間、

身体も頭も停止した。






ソファーに座ったままの俺の前にシズちゃんは立ちすくして、

見上げたはいいけれど、視界は真っ暗。





それが、シズちゃんのバーテン服に顔を埋めてしまっているからなんて理解もできずに、
その時はただ、
何も言えずにシズちゃんに抱き締められることしかできなかった。











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