「信じらんないよね」
はた迷惑そうに臨也はそれだけ言って、珍しく顔をしかめた。
今日の日は2月14日
そう、バレンタインデーである。
小学校、中学、高校、大学、その間でこいつがどれだけのチョコレートを貰ってはゴミ箱に捨てていたかなど、よく考えなくてもわかることだ。眉目秀麗。まさにそのままの姿。
俺もいくらかは貰ったが、大抵俺と話すのを怖がった奴らがひっそりと下駄箱につめておくものだから、この季節になると嫌でも下駄箱をあけた瞬間にばらばらとこぼれおちてきたきれいな包装紙を思い出す。
ただ、それとこれとは話が別で、今、池袋の真ん中で俺がぶん投げた自販機の上から俺を見下ろす臨也が急にそんなことを言ったのも、俺やこいつの昔の話も何にも、なんら関係性はなくて、つまりただこいつをぶっ殺したい、それが本題だ。
「どうでもいいが早く死ねぇぇええ!!」
「おっと、」
振り抜いた標識はぶおんと音をたてて大きくからぶった。
自販機の向こう側に飛び降りていた臨也はいつものいやらしい笑みでにやりとこちらを見て、わざとらしくため息を盛らす。
「今日何の日か知ってる?」
「あ?……バレンタインだろ、なんだ、死ぬ前に言いたいことでもできたのか、よし三秒だけ聞いてやる。いーち「だからね、」
「バレンタインデーは元々古代ローマのキリスト教の司祭だったウァレンティヌスが処刑された日だよ?人が処刑された日にきゃーきゃーいいながらチョコレートを渡すってなんなの?信じらんないよね」
「…………しるかよ……いや、でも確かにそれはなんか変な気もするが「でしょ!?」
「ウァレンティヌスは秘密裡に兵士を結婚させたから処刑されたんだよ?もともと古代ローマでは2月14日は女神ユノの祝日だったんだ。その日に女たちは自分の名前を書いた札を桶にいれて、次の日のルペルカリア祭で男がその札を引いて、引き当てた女とその1日を一緒に過ごさなきゃならなかった。それで、そのペアが大抵結婚しちゃうんだけど俺としてはくじ引きで結婚相手を選ぶってのもよくわかんな「待てや!!」
「なんだよ」
「お前、どこで息吸ってんだよ。最初の司祭どこいった」
「ああ、だから兵士の結婚は禁じられてたんだけど、ウァレンティヌスはある兵士を結婚させてやっちゃうわけ。その処刑の日が、2月14日。ルペルカリア祭とその関係はあるのかどうかは明確ではないけどね。まあ、一説によるとってやつ?」
そこまで話して臨也はまた忌々しそうに顔を歪めて、だからバレンタインって嫌いなんだよねとつぶやいた。
結局言いたかったのはそれだけかよと心のなかで突っ込んでは見るものの、今つらつらと説明されたバレンタインというものがまあ、確かにそれを聞くとなんか嫌だわなと思っているのも確かで
ブーブーとまだ文句を言い続ける臨也に、なあと声をかけて
「それでも、いい気もするがな」
「……………」
「こんだけの人間が楽しんでるんだから、別に、意味なんていいんじゃねえの?」
「…………はは、シズちゃんらしいなあ。そういうと思ってたよ」
くつくつと笑って、そっと近づいてくる臨也に、なんだか攻撃する気ももうわかなかった。
ぐんと目の前まできて、えーっと、とポケットをまさぐって
「はい、ハッピーバレンタイン!」
「……………はあ?」
「はあ?って何」
「今さっきバレンタインなんて糞くれえに言ってたじゃねえかよ!」
「だから、シズちゃんも今言ってただろ?こんだけの人間が人が処刑された日に喜び勇んでんだ。俺も便乗してみようかなって」
「つーか、……男から男って」
「友チョコとかあるじゃな「友じゃねえ」
それだけ言っても、まだ手を引かない臨也に、はあと頭を掻いてそれを受け取る。
仕方ないな、今日くらいは。
バレンタインだし。
なんか聖なる日みたいだし。
「…………臨也、なんだ、その、」
「…………」
「ありがバボン!!
手のうえで弾けた小さな箱。火薬の臭いが辺りを覆って、黒い煤が手のひらを真っ黒にしていた。
「あははははは!ひっかかった!あははは!!」
「…………手前、は、よ………このッ、む」
暗む視界。
気付いたときには背伸びしていた臨也がぴょんと後ろへ後ずさって、にっと笑う。
「これは本当のプレゼント」
「…な…………」
「じゃあねえ、おつかれー」
ひらりと手をかざして逃げていく臨也を追うことなど、できるわけもなくて。
暴発した手のひらの上の紙切れを握り締めて、下を向いた。
顔が、熱い。多分、赤い。
意識したらかあぁともっと顔が熱くなって、その場に馬鹿みたいに立ちすくしていた。
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ハピバレ
これはイザシズなんじゃないかと書いてて思った