『…もしもし、てかいい加減にしてよ。本当に何回電話かけてくんの?仕事しなよ、仕事。ただでさえこっちは仕事ためてて忙しいのに君のくだらない話にに割いてる時間はないの、わかる?話したいことがあるなら簡潔に話してよ?この前みたいに脱線するだけして一方的に切られるのはね、むかつく「………俺だ」
『………ぅ……?』
「臨也、俺だ」
『…………シズ、ちゃん?』
「おう」
『なんで、これ、新羅の、あれ?』
「落ち着けよ、新羅の借りた」
むしろ俺のほうがテンパるくらいに、臨也はらしくなく焦っていた。
なんでだとか、どうしてだとか、そればかり独り言のように呟いていて、落ち着けよともう一度言えばぱたりと今度は声が止んで。
どうしてだ?
俺が聞きたい。
どうしてあんなことされたんだとか、どうして俺に言わなかったんだとか、そんな自惚れめいたことすら思う。
自分にも何を言いたいのかさえわからずに、何度も奴の名前を呟くように呼んで、ああ懐かしいと噛み締める。
「………聞きたいことがあんだ」
『……一体何………、俺は忙しいんだよ。溜めた仕事あるし、新羅の家で引きこもってる君とは違うんだ。よっぽど大事な話なんだよね?そうじゃないならムカつくから君の家に隠しカメラでも仕掛けて世界中に動画流したり「聞けよ臨也!!」
ひく、と臨也の喉が鳴った。
沈黙が戻った電話ごしに、俺は口を開いて。
「今日、俺の携帯に明後日手前を殺すっていう電話があった」
『へ、へえ……ごめん、仕事柄よくある話なんだけどシズちゃんに迷惑かけたなら謝るよ。どうせ携帯壊したんだろ?文句は聞いたから…もういい?その程度の話で電話しないでよ』
「違えよ!!いや、確かに壊したが…。……新羅のパソコンに、俺宛のメールがきた」
『………いやいや、それ別に俺じゃないからね?俺を責めても何も出てこないよ?』
「知ってる」
『は?』
「………手前を、手前をあんな目に合わせたのは誰だ…」
『何、言って「手前を無理矢理犯したのは誰だって聞いてんだ!!誰が、手前を、あんな写真送り付けたのは…」
落ち着いてよと今度は俺が言われる番で、それでも臨也も混乱しているようで、紛れもなく声は震えていた。
『………は、…』
怖れるように、だが哀しむように、酷く寂しそうに、臨也は笑いはじめる。
あはは、あははと自傷的に笑う。全部誤魔化したいと言わんばかりに、臨也は笑っていた。
『あは、あははっはははは!!「臨也!!」
『君は馬鹿だね、本ッ当に、馬鹿だねっ、ははは』
「ああ"!?」
臨也は本当に馬鹿にしたようにくすくすと笑い続ける。
心配していた俺が馬鹿みたいで、むしろ騙されてたんじゃねえかと思って、
流石に苛々してきた。
パチリパチリと身体のどこからか音が響きだして、そうなると自分の意志では止められなくなる。
『無理矢理なんて抱かれてない』
「な……」
『俺が頼んだんだよ。抱いてくれって。どうせ俺が縛られてる写真でもが送られてきたんでしょ?撮られた覚えないから多分気絶してるときか。そんなことする感じの奴じゃないのになあ。はは、心配してくれてたの?わざわざありがとう。
でも俺はあんたの声なんて聞きたくなかった』
臨也は笑っていたのが嘘のように、突然重い声で付け加える。
ふざけるな。
俺がどんな思いでお前に電話をしたのか、俺がどんなに、
そんなことも知らずに声聞きたくなかっただあ?
苛々する。
新羅の携帯を握り潰しかけたとき、通話口の向こう側で、小さなうめき声を聞いて。
聞けばそれは、臨也が
臨也が泣きじゃくるそれで
「な、なんで泣くんだよ。おい、臨也。手前……」
『聞きたく、っ、聞きたくなかった。シズちゃんの声なんか…聞きたくなかった…』
「なんでだ…」
『……………会いたく、なるから』
俺は
それ以上何も言えずに、引いてもいいからという臨也の声にただ、引くかと一言押し出せただけで、
臨也は今度は、泣く。
泣く、泣く。
惨めなくらいに泣いて、
ごめんなさいと何回も俺は謝られて、あいつの謝る理由は全然わからないのに、なぜか臨也を犯した奴を殺してやりたくなって、
『嫌だった…俺ばっかりシズちゃんに会えなくなったことをぐずぐず気にしてるのは。だから、シズちゃんに会いたいと思わなくなればそれでいいと思った』
「だから、抱かれたりしたのか?………俺に会えないのがなんだ、
そんなに嫌だったのか?」
自分でも素晴らしいほどの自惚れだと思った。
あの臨也に限って、あるわけないのだから。
俺に会えなくて、それが嫌などと、俺のことが嫌いなあいつが、そんなこと思うわけなくて。
なのに、
『………………、ん…』
不器用にそう呟かれてしまった。
どくんと、心臓が軋む。
痛い、痛くて。
こんなになるまで臨也を放っておいた、いや、臨也がこんなふうに思っているなんて夢にも思っていなかったし、きっと世界中の奴が俺と同じ思考だったろう。
俺は臨也が嫌いだった
死ねばいいと思ってた
くたばればいいと、そこらでゴミのようにのたれ死んでくれればどんなに清々しいかと、そういつも願っていた。
それは、奴だって同じ。
俺を嫌っていたし、貶めるだけ貶めて、危うくば殺してやろうとすら考えていただろう。
だって、
それが俺たちだった。
ずっと、そうだったのだ。
ずっと、ずっと同じカタチ。
変わらぬ想いを抱えたまま、きっと、月とスッポン、提灯に釣り鐘、天国地獄、そんな言葉が合うような、純愛とは一番掛け離れた、汚ない、だが多分この世界で一番簡単な関係を俺たちは築いていた。
誰も介入できない世界が、この間には存在したのだ。
なのに、俺のこの身体は
また大事な物を俺から奪う。
引き裂く。
何故、そう尋ねても答えやしないのに、どうしてなんだと、込み上げる問い。
「なあ」
しゃくりあげる臨也に尋ねる。
どうしてだ。
どうして俺はこうなんだ。
いや、そんなことを聞いたわけじゃない。
ただ虚しくなるほどに、俺は自分に絶望していた。
ゴミのようにのたれ死ねばいいと願っていたあいつが、実際ゴミのように誰かに抱かれたのに、俺は助けることはおろか、何一つ出来ないのだから。
何も、出来なくて。
近付くことさえ、今の、俺には
「………手前は、そいつのことが好きなのか?」
『……別に。俺は好きでも嫌いでもない。大事な客だし、俺が客でもあるし。向こうはどうか知らないけど…』
「じゃあ…手前が抱かれる理由なんて…」
『ないよ』
当たり前だろ、と臨也は言う。
『セフレに愛なんていらないんだよ、シズちゃん』
酷く乾いた声だった。
鼻を啜る音に、思わず泣きそうになって、意味わかんねえと天井を見た。
なんでだ、臨也。
俺が悪いのか?
俺がこんなんだから、
だからお前が泣くのか?
おかしいだろ
俺の身体が変ならば、哀しむのは俺だけでいいのに、
俺だけであるべきなのに、
なんで手前が泣く…
なんでいつも、いつだって、俺の存在が誰かを苦しめる。
それなのに、俺は、奴に近付くことさえ出来ずに、
そんな、そんな救済すら、俺にはなくて
「…明後日」
『…え?』
「明後日絶対家から出るな。誰にも会うな。手前を、よく知りもしねえ奴に殺されてたまるかよ。俺のとこに電話がきたってことは、俺のせいなのかもしんねえ…。だから、臨也、胸糞悪ぃから、俺のせいで死ぬな」
『………シズちゃん、俺……
俺、シズちゃんのこと――――』
そこで電話の向こうで突然ガチャガチャと物音。
慌てたように、臨也は
『ご、ごめん、もう切る』
そう言って、電話はぷつりと途絶えた。
臨也とはそれきり連絡がつかなくなった。
*
「静雄」
「………携帯なら無事だ」
「顔見せて」
噛みしめてちぎれかけた下唇からだらだらと血が流れていく。
涙の代わりだと言わんばかりに、俺の血はひたすら流れていく。
もし電話越しに物音をたてた人間が、臨也を殺そうとしている奴だったら、臨也を犯した奴だったら、俺はどうすればいい。
本当はすぐに駆け付けて、ぶん殴ってやりたい。
なのに、今の俺にはそれができない。
守りたい奴に近付くことさえできない。
遠い記憶。
守ろうとした人間を逆に傷つけてしまったあの光景が、いまだに俺のなかにトラウマとして目を光らせていて。
苛々する。
何故苛々するのかもわからず、ただ、苛々する。
わかるのはその対象が自分であること。
自分が許せない。許せない、何もできないのだから。
唇の傷を止血して器用に新羅は手当てをしていく。
「………どうして苛々してんの?」
「…わかんねえ」
「電気痛いんだけど…痛っ。あのさあ、静雄?臨也の顔見たくなくて会いたくないならほっとけばいいじゃないか。いつもそうだったろ?」
「………いや、そういうわけじゃ」
「そういうわけじゃないんだよね?嫌いならほっとけばよかった。電話もする必要なかった。なのに君はしたね。臨也をほっとけなかったんだ」
ああ、そうだ。
ほっとけなかったんだ。
俺はずっと、ずっと怯えていて。
臨也と会えなくなってから、あいつが俺の知らないところで何かをしているのが、急に不安になった。
俺の知らないところであいつが殺されないか、どこかへ行かないか、そんな子供みたいなことをずっと思って。
昔から臨也の考えてることはわからなかった。
俺にはわからねえような難しいことごちゃごちゃ考えているんだろうと思っていて。
でも、違う。
あいつはいつも隠していた。
俺に弱みをみせまいと、分が悪くなると俺を怒らせたり、逃げたりして。
本当の気持ちなんて知らなかったんだ。
知ろうともしていなかったのだけれど。
それさえも怖がっていたのだけれど。
だから言うんだ。
俺は世界一の臆病者だと。
「君は、臨也に会いたいのに会えないから苛々してるんじゃないのかい?
会って、臨也を自分の力で傷つけたくないんだろ?」
そんな一言が、妙に腑に落ちた。
泣きはしなかったが、
目頭が熱くなった。
唇は寒くもないのに酷く震えていた。