俺は久しぶりに気を失った。

目を開けたら無機質な白い天井が目に入って、重だるい体を持ち上げればそれに相反した黒い首なしライダーが座っていて、


あ、俺はまたここに戻ってきちまったのかよ

とか思って、その後はただ、めんどくせえとだけ思った。



着替えを取りに帰ろうと池袋を闊歩していたら、本当に偶然出会ってしまったノミ蟲。
その向こうで見覚えのある高校生が二人、同じような引きつった顔を向かい合わせて逃げるようにその場を去っていったのを憶えている。



そうだ、俺はいつもと比べれば幾らか冷静だったのだ。


それは今の俺が通常の異常の上にさらなる異常を持ち合わせていると言う自覚がそうさせたのか、
それはどうだかわからないが、だからこそいつものように顔を合わせただけでキレるというところまではいかなかったのだろう。


なのに、あのバカが…

…思い出すと苛々するのでやめておく。



そんな回想に耽っていれば、白衣を身につけた闇医者が部屋に入ってきて
開口一番に、


「君たちはバカなのかな?」

と笑顔で牽制された。

俺は悪くねえ。
悪いのはいちいちこちらの感情を逆撫でしてくるあいつの方だ。

…俺は悪くねえ。




「セルティがのびちゃった君をここまでつれてかえってきてくれたんだよ?全く…何から言えばいいのやら」

『もう大丈夫なのか?』


ぶつぶつ文句を言い続けるバカは放置して、とりあえずPDAを差し伸べてきた運び屋に礼を言う。


「なんか悪かったな。とりあえず今は平気だ」

『そうか、それはよかった』


安心したように胸を撫で下ろす姿によっぽど心配されていたのかと妙に気恥ずかしくなる。
はっきり言って救けだされた記憶はない。あるのはただただ驚いたように目を丸くしていた臨也の姿と視界いっぱいの鉄板。


「静雄、今から話すことは俺の憶測になるけれど、真面目に聞いてくれ。まず、君のその電気。それは多分君の並はずれた筋肉のせいじゃないかと思うんだ。その体質はすでに人知を超えている。今更筋肉が起こす微弱な電気が強靱なものになったっておかしくは無いと思うんだよ。…それから、気を失った原因。そこが大事なんだけどね、例えば家中の電気を一気に大量に使いすぎるとどうなる?」

「…どうって…ブレーカーが落ちる…」

「そう、それとまるで同じことが君の身体の中で起きたんだよ。身体が君を守るために気を失わせたんだ。ヒューズが飛んだみたいにね。…でも裏をかえせば静雄にとってこの体質はいいものとは言えないかも。気を失わせたってことはそのままいき続ければ危険だったってことだろ?本当に気を付けないと、死ぬよ?」


部屋の空気が一瞬、冷たく凍ったようにぴりりと張り詰めた気がした。
珍しく真面目な顔でそう告げた新羅に、ああ、気を付けねえと死ぬんだなとだけ思う。
別段恐怖しているわけではない。
ただ、ああ死ぬのかとなんとなく思うだけ。


「ま、とりあえずあんまりキレないようにすることだね。電気をあまり放出しないように気を付けること、いいかい?」

「…おお」

「臨也にはこれが治るまでは絶対に会わないこと。僕から言っておくから。いいかい?」

「………あ?」


何言ってんだこいつ。
別にこの症状とあのノミ蟲野郎は何の関係もないだろう。言われなくたってこっちはいつでも会いたくないのに。
でも、そんな嬉しい知らせなのはわかっているその一方、胸のどこかで釈然としないわだかまりがあるのは、


「返事は?」


問われて、おおと返答した自分の声が、ほんの、気のせいだろうがほんのわずか、動揺していた気がした。









*



「も〜こんなにしちゃって」

「仕方ねえだろ、ったく…何だってこんな目に」

『うわ、痛そう。怪我するなんて静雄にしては珍しいな』

「静雄じゃなかったらね、切断してたよ切断。電磁石になったってなんだよ。どれだけ僕の興味をそそれば気が済むんだ。身体全体がコイルの代わりにでもなったのかなあ…。どういうことだろう。ねえ、どうなんだい?」

「知るか」



…痛くはない。
むしろ煩い。
珍しくざっくり切れた腕の傷を感電しないようにゴム手袋をはめながら器用に手当てしていく新羅はやはり闇がついても医者のようで。

俺の腐り落ちた痛覚はこんな身体中のあちこちを飛んできた鉄板やら釘やらでぼろぼろになっていた自分の身体の危機さえも俺に教えようとはしない。

パチ、パチと電気が弾ける音がする。
ときどき新羅が危なげに声を出すのは多分その電気が顔の近くででも弾けたからだろう。



どうやら怒りが臨界点を突破すると、俺の身体は電磁石になるらしい。
新羅がぶつぶつ思考してたことによれば、俺の大量に放った電流が俺の身体に巻き付くように流れたことでそれが磁界を生んで……とか、よくわからねえうぜえ憶測を繰り広げていた。




なんか酷く眠い



身体が限界近くまで放電したためだろうか。どっと疲れが込み上げる。
俺がうとうとしているのに気付いたためか、新羅が「眠りなよ」と声をかけてきたために、そうしようとすぐに目を閉じた。


眠りにつくまでにそう時間はかからなかったと思う。


*







目を開ける。

無機質な白い天井が目に入って、帯電し始めて三日が過ぎたことを理解した。
なんとなくこの身体にも慣れてきた気もする。

大体1日室内にいるわけだから、キレるタイミングも新羅くらいしかないので慣れるもなにもないのだが。

愚痴をこぼせばセルティが聞いてくれるため、さほどストレスもない。
何度かトムさんが見舞いにと差し入れを持ってきてくれたこともありがたかった。


なんだかんだ周りにだいぶ助けられている。
あんなに人に脅えられる俺の周りにも、俺を助けてくれようとしてくれるやつがたくさんいて、それが唐突に嬉しいとか思えて

気恥ずかしさに一人頭を掻いた。


ただ、

新羅が、俺が三日前に運び込まれたあと、あのバカに何か電話をしているのを聞いて、どこか、靄がかかったような思いになった。
理由はよくわからない。
話している内容も聞きたかったわけじゃないけれど、なんかこう、苛ついた。


今までは会いたくなくても勝手に会えた。逆を言えば会おうと思えばいつでも会えた。
いや、会いたくはないしできることならこの先永遠にこのままあわずにすめばいいとすら思ってる。

そうだ。

会いてえなんて思わねえ、


会わないこと、それは喜ぶべきことで。
なのに、なんだ、この感じ。

これは、あいつにとっても喜ばしいことのはず。限りなく相手の死を願いあっている俺たちが、無意味に会ったり、会話をしたりなんてことは、あるはずもないのだから。

今近付けば、自分の身が危険にさらされる。
そこまでして考えなしに俺のもとへくるほどあいつはバカじゃない。




「あ、おはよう。静雄」

『おはよう』

「あ〜…、はよ」


貸し与えられた部屋を出れば、先に起きていた新羅たちが迎えてくれて。なんか、なんかなあとまた頭を掻く。
差し出された皿の上にあるトーストを座って頬張れば、もう一度、おはようとつぶやきたい衝動にかられるのは、きっと家を逃げるように飛び出して、1人で暮らしてきてこんな朝食をとるタイミングなんて完璧に失われてしまったから、未だに誰かがいてくれるこの環境に慣れないからなんだろう。



「…静雄?」

「あ"?」

「昨日臨也がね」



ぴたり。



珈琲を飲んでいた手が止まる。
理由はわからない。身体が動かずに心臓が落ち着かない。


なにかあったのだろうか

なにか、

って、



何心配してんだ気持ち悪ぃ…


動揺を隠すようにそのまま珈琲を飲みだすと、新羅が口を開いた。


「静雄に会いたいって嘆いてた、よ、うわあああ!!?珈琲吹くな珈琲!!」


盛大に珈琲吹いて石化した俺の前で騒いでいる新羅と、慌てて台拭きを持ってくるセルティの声や動きなど、今の俺にはまったく感じられなくて、




嘘だ嘘だ嘘だ


あいつは俺のことが嫌いで、俺もあいつのことが嫌いで、だから会ってはいけないっていうことはお互いに喜ばしいことのはずで、だからあいつが会いたいとかそういうこと言うはずなんてなくて、なのに本気にして動揺している俺がいるのはなんなんだってことになるわけだから、それはムカつくから動揺なんてしてやらねえ、とか思ってみて、でもやっぱり、ありえないはずなのにありえないはずなのに、俺は、俺、は………




「あ、あ"ああ"!!!?なななな、何言ってんだ、手前ゴラ!!!あ、あ、あいつがんなこと、言うわけ、ねえだろうがよおお!!気色悪ぃこというんじゃねえええ!!!」

「し、静雄、落ち着いて!!ごめん、僕が悪かったから電流止めて!!死ぬ!!死ぬから!!」




ぜえぜえと

息が荒い。


顔が熱いのは、激昂したからだろうか。
あいつがんなこと言うはずねえ。言うはずがねえ。
言うとしたら俺を貶めようとしているとかだろう。
ああ、そうだ、騙されるな、自分。

あいつは俺のことが嫌い。死ねばいいと思ってる。
俺だって、あいつが



俺は…



「お、おお俺だって手前が嫌いだコラアアアアア!!!」

「そんなこと言ってないって、静雄!!」







*







取り乱すなんてらしくないことをした気がする。
結局臨也が、
臨也が会いたがっているとかいないとか、そんなのを聞き返すこともできずに。
電流がひいていき、新羅もセルティも漸くほっとしたように息をつくから、悪ぃと素直に謝った。

蒼白い電流がパリリ、パリリと身体をたまに走る。


ふと、

ならば俺はどうなのかと、思う。
もし臨也がそう思っていたとして俺は、どうだろう。

わからないのに、なぜかこれだけははっきり思った。

"臨也には絶対に会いたくない"


理由なんてわからない。
でも臨也に対する対抗心的なものでもない。ただ、会いたくない。それは今までの嫌悪とも、なにか、少し違う。

妙な、拒絶だ。



悶々としながら改めて食いかけのトーストを詰め込んだ。


「…ごちそーさん」


ああ、イライラする。







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