「…………………は?」


冬の冷たい空気に肩をすくめていると、肩口のファーがふありと頬をなぜる。

久方ぶりの晴れ間に、池袋が騒めいていた。
冬場にしては今日の様な晴天は少なく、ぐずついた天気が続いていたためだろう。
みんな浮かれているんだろうなと、にやついてみれば、ああ、でも多分俺もどこか浮ついているかもしれないなと思ったりもする。

何度目かもわからない歩行者用信号の軽く音割れしたメロディー。繰り返し繰り返し聴いていたために、もはや口づさむことも容易い。
人の波を眺めながら、楽しいと勝手にあがる口角に困り果て、そっと片手で口元を覆った。


そんな中、俺はせっかく良い気分で電話口の男から提供されている情報を聞いていたのに、その当事者に唐突に気分を害する話を持ち出されたわけだ。





『いや、だからだね、折原。お前の大嫌いな平和島静雄、様子がおかしいらしいぞ』

「様子がおかしいったって、あれはいつもおかしいじゃない」

『違うんだよ。なんかなあ、俺も詳しいことわからねえんだが、噂によると夜中に発光してたとかしてなかったとか』


発…光…………?



「ぶ、あはははは!!なんだって?あはは、あはははは!!発光?光ってるほうだよね!?あいつ遂に人知超えて蛍にでもなったのか?あはは、腹筋が!本気で蛍にでもなれば短命でいいのに」

『笑い過ぎだぞ、折原』



耳がキンキンすると文句を言われ、ああごめんと込み上げる笑いを抑えて周りを見れば、怪訝そうに此方を見る人の波。







でもシズちゃんが発光ってどういうことだろうか。


もしもしと問い掛ければ、まあ近付かないほうが身のためじゃないか?と男が言い、電話は切れた。


先ほどの場所では目立ちすぎたためにやむを得ずここまで移動してきた。
携帯をポケットにしまいこみ、顔をあげれば遠くに見慣れた制服の高校生の群れが目に入って。



「お?あれは…」



その群れの中に知った顔を見つけて手を振る。
向こうは片方はあからさまに怪訝そうな顔を片方は苦笑しながらおろおろとしていたが関係ない。


「久しぶりだね、紀田君、帝人君」

「こ、こんにちは」

「ども……こんなとこで何してるんすか?」

「何って言われるようなことはしてないよ。久しぶりに晴れたから散歩みたいな感じ」

「そうっすか。…用が無いならもういいですか?」






俺はずいぶん嫌われているようだ。あからさますぎて楽しい。
行こう、帝人とその場を立ち去ろうとする紀田正臣と彼と俺の顔を交互に見ながら「え、え?」と困り果てている竜ヶ峰帝人。2人とも相対的なのに影の部分は似ている。
面白い、いつかこの子たちを破綻させられたらなんて、よくないことを考えると、にやけるのが止められない。

誤魔化すようにそういえばと口を開く。



「ねえ、あのさ最近シズちゃんの変な噂聞かなかった?」

「え?………そういえばなんか昨日見かけたときぶつぶつ独り言言いながら歩いてたって友人が…」

「独り言?」

「はい…なんか『なんなんだこれは』みたいなこと言ってたらしいです。あと、何の音かはわからなかったらしいんですが、擦れ違うときにパチ、パチって弾けるような音がしたとか…」


パチ、パチねえ…
どうしよう、まるでさっぱり本当にわからない
シズちゃんはどうなってるんだ?
見たい。
すごく。




「そうか…いや、想像以上の収穫だ。ありがとう、帝人君。紀田君も、それじゃあね〜」




ひらひらと手を振って踵をかえせば、後ろからさようならと2つの声が飛んできた。





その声を聞き、顔を上げたまさにその時だった。

発光伝説がささやかれはじめていたまさにその本人様が直々に目の前にあらわれたのだ。


へえ、こりゃいいや。
情報集める手間が省けたわけだから、神様とやらは信じてないがもしいるなら感謝したい。




「やあ、シズちゃん。なんだか大変らしいじゃない」

「臨也、手前、なんで池袋にいやがる…。つーかなんで俺のこと知ってんだ」

「シズちゃんのことはなんでも知ってるさ。えーと、蛍になりたいんだっけ?」

「あ"?」

「ほら、シズちゃんが深夜に光り輝いてたって話をきいたのさ。蛍ねえ、いいじゃない。儚い感じは全然似合わないけど、短命なのはいいことだと思うよ?まさかシズちゃん自ら人生ログアウトしてくれるとは思わなかったよ。で、蛍ってどうやってなるの?やっぱり一回死んでみるの?ねえ、シズ、……ちゃん?」



流石の俺の饒舌も、そのときばかりは急ブレーキをかけた。
いつものシズちゃんならぶちギレたところで手当たり次第、周りの自販機、車、バイク、自転車、標識、ガードレール、看板、人、とか、その程度のもの(これらをその程度扱いできるようになってしまった俺も俺だが)を小手先なしにぶん投げてくるくらいだった。
なのに、今のシズちゃんは



「これが、治るまでは、手前のために!会わねえように俺にしてはいろいろ考えてやったんだがよお…。手前、コラ臨也ああああ!!」


凄まじい破裂音、だと俺は思ったのだが、それは違ったようで、


シズちゃんのまわりを纏うように稲妻が、どっかの漫画やらに出てきそうなほど見事な青白い電流が、びりびりと、音をあげて爆発的に拡散した。




「うあ!?」

「死にさらせぁああ!!い〜ざ〜やああああ!!」


こわいこわい、本当にやばい。

これは死ぬ。
マジで死ぬ。



「ちょ、シズちゃん何それ!!」

「うるせえ!!昨日からこんなんなんだよ!!新羅んとこにしばらく厄介になるから着替えとりに帰ろうとしてただけなのになんで手前とあわなきゃなんねえんだ、よ!!!」



むしりとった標識はいつもの威力+高圧電流という凄まじいものと化していて、流石に本気で命の危機を感じる。



なんなんだ、なんだこれ

本気で殺される。


殺意はいつもと何も変わっていないはずなのに。

どうしてだか畏怖とも悲哀ともつかない感情が溢れた。



誰かが、人間の感情の中で一番強いものは恐怖だと言っていた気がする。
未知への恐怖が、俺をこんなに怯えさせているのか。
わからない。
何を畏怖しているのかも。それともしていないのかも。


目の前をぶおんぶおんと一方通行の看板が何度も行き交う。ただすれ違いざまにバチバチと放電音が耳にはっきりと残った。
後ろへ跳ぶようにそれを避け続けているが、追い込まれるのも時間の問題。


ああもう仕方ないと袖口からナイフを出す。
電気に対して接近武器を取り出す俺もあれだが、仕方ないのだ。
自分でいうのもなんだが今の俺は限りなく混乱している。



「……っあ?」







そんな混乱の中で更に俺を混乱の渦に陥れることが起こった。
手中のナイフがひとりでにシズちゃんの方へ飛んでいった…ように見えた。というか手元にナイフが無いかぎりそう考えるのが正しくて。


シズちゃんは咄嗟に標識でそれを打ち落とし………たかったのだろうが、俺のナイフは標識に突き刺さったわけでもなく、ただ、


張りついていた


一方通行の模様が、十字になるように、ナイフはピタリとくっついてしまっていて、シズちゃんが苛立たし気に振り回してもびくともしなかった。

そこで気付いたのだが、シズちゃんの身体にはすでに大破した何かの金属片のようなものがかなりはりついていて、だいぶ動き辛そうだった。


「…何それ、放電するだけしたら磁石?忙しいね、シズちゃん」

「うぜえ、うぜえうぜえうぜえうぜえ!!!なんなんだ、本当によ!!」


シズちゃんが叫んだ途端に辺りががたがたと騒めきだす。
遠巻きに見ていた野次馬たちがぎゃあああ!!と品のない叫び声を上げて散々に消えていった。
何事かと上を見れば、どこかから剥がれてきたらしい金属板がシズちゃんにむかっていく。

挙げ句の果てになんかよくわからないとにかくありとあらゆる金属がシズちゃんにはりついていて、もはや姿が見えない。
シズちゃんが暴れているのは凄まじい破壊音がこのスクラップの山から響き渡っているからわかるんだけど、何が何だか。


「シズちゃん、大丈夫?生きてる?いや、死んでても別にいいんだけど、ねえ平気?とりあえず俺帰るから。感電死したくないし」



返答なし。

ただ時折がしゃんとか、がらんとか、そんな感じの音がする。

本当に生きてるのかなあ。流石に少し心配になる。






トントン






「?……あ、運び屋」


肩を叩かれ振り返ると黒ずくめのライダースーツを身にまとった首なしライダーがいた。
訝しげに首を傾げて、PDAを俺の目の前に押しつけるように差し出す。



『仕事は終わったぞ。また静雄と暴れてたのか?』

「暴れてるのはシズちゃんさ。そうだ、ちょうどよかった。あれ助けてあげなよ。俺は感電するから帰るけど」

『あれって…?』


とそこまで打って俺に見せると目線(?)を得体の知れないスクラップ山に移す。
もう音がしないんだが。
シズちゃんが遂に死んだか。
案外呆気なかったな。



カチカチと物凄いスピードで運び屋が文字を打つ。
そして慌てたようにそれを俺に見せて。


『もしかしてあの中に静雄がいるのか!?それって相当まずいんじゃないか!?お前本当に何したんだ!?感電て何を言っているんだよ!?』

「!?が多すぎだよ。だから早く助けてあげなよって言ったんだ。それに俺は被害者だ。シズちゃんが勝手にキレて勝手に放電して勝手に金属集めただけ」

『いや、後半意味不明なんだが』


わからないのは俺の方さと呟いて、とりあえずその場をさろうと運び屋の肩を叩く。



「てことでよろしく」

『てことでって…』



わざわざ打ち込んだそんな文字の羅列を俺に見せて、はっとしたようにシズちゃんが埋もれているであろう山に走りよっていった。


黒い靄で金属を剥がしていくのをみてから、俺はその場をあとにした。








*







新宿ではなく池袋のマンションに戻ってきた理由は、俺にもイマイチわからない。
インスピレーション的なものだったのかもしれないし、シズちゃんがどうにかなったのだとしたら、こっちの方が情報が早く……………


って、

俺は何を考えているんだか。

シズちゃんがどうなろうと、俺の知ったことではない。
今日本気で俺を殺そうとしてたのはシズちゃんなんだから、俺は悪くない。

なんて、悪戯のばれかけた子供のように、彼に罪を擦り付けようとしていて、俺は何を動揺しているんだろうかと、急に自分がわからなくなって。


虫の知らせ?

第六感?



そんなものがあるとは思っていないけれど、そのときばかりは何故だか、携帯を握り締めた手が震えていて思わず苦笑した。
何故だか今日みたいな日に限って、頭を掠める名前は、



平和島静雄、





それだけで





驚くほどに、携帯電話がならないようにと願っていて、ならせないようにと強く握り締めていて、でも電源は落とせない俺が妙に恐ろしく感じた。

ソファーの上に溶けるように倒れこんで、起動したパソコンの唸る音を遠く聞く。意識の片隅で、シズちゃんの身体から蛇のようにうごめいていた青白い電流を見た気がして、耐えるように携帯を強く握った。









ブー…


ブー…







バイブレータが響く。
手のひらを伝わって身体中に響く。
手中の携帯から部屋中の空気が揺すられる。

携帯のバイブが、鳴く

俺の脆弱な心と、部屋の静寂を裂くようにバイブは泣く





画面には無機質に、

『Calling 岸谷新羅』

それだけ。












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