※シズイザ(鬼畜)前提でトムイザ




死んだようになって眠っている人間の隣でなにかするのはいまいち集中力にかける。

今の場合それは俺も眠りたいだとか、休みたいだとか、そういうことじゃなくて、ただ自分の部下の置き土産だから、ということが大きな理由になってくる。
極めて整った顔にはいくつか打撲傷が痛々しく残り、自分の上着に包まるようにしているものの、その下には何も身につけていないことを知っていた。だから引っ張りだしてきた毛布をかけてやって、万一にもソファーの上から転げ落ちないように隣に座って事務仕事をこなしているというわけだ。

この傷だらけの人間を置き去りにした自分の部下が、こいつを嫌っていたことは知っていた。

だけどいつからか、それがベクトルを変えて性的暴力を加える方向に伸びていったのを知ったのはつい最近。

実際俺はこの時間に仕事場にこないことになっている。静雄も静雄で仕事場でそういうことしなくていいのにと思うのだが、やはりなかなか切り出せる話題ではない。
俺さえこの仕事場にこなければ、情事をすませ、この男がそのあと目を覚まし帰るにも十分すぎるほどに時間がある。だから静雄は俺が知っている事実も知らない。

はっきり言って自分でもなかなか驚いているし。

最初見つけたときは驚きすぎてむしろ穏やかな気持ちになっていた。
それがそのまま尾を引いて今尚驚いているわりに、耐性がついてしまっている。


「………静雄もなんでこんなことするかね」



殴ることないんじゃなかろうか。
そういうことを思うのは間違いではないと思うのだけれど




「ん、………」


もぞ、と隣で動き。
やべ、起こしたかと少し焦るが、でもやましいこともないから別にいいんじゃないかとあげかけた腰をまた戻す。
しばらくもぞもぞ動いていたがそのうちぴたりと止まったから、また寝たのかなんて思って、書類に目を戻した瞬間に




がばッ
と折原臨也は飛び起きた。

あまりに急だったため銜えていた煙草も吹っ飛んで膝に着地したもんだからあわてて拾い上げる。



「………あ、……」



あちーとそちらに目を向けていれば横からの思わず漏れたような声。
目線をそちらに向ければ、ひどく驚いたような顔で折原臨也は俺を見ていた。
目には涙が滲んでいて、あれ、なんで泣いてるんだこの子はと一瞬面食らって。


「………やな、夢でも見たのか?」

「……………関係ない」

「まあ、………そうだなあ」


正論だ。
俺には関係ない話だ。

人のそんなことまで口を挟むほど野暮でもないし、別に気になっているわけじゃない。
散らばった書類を回収するために手を伸ばせば、警戒したようなそいつの視線を痛いほど感じた。

犬だったら確実に唸ってるな。

威嚇されてるなあなんて呑気に構えていれば、ねえと呼ぶ声



「何」

「…………俺の、服は」

「ああ、そこだよ、そこ」



ソファーの脇の机の上を指させば、黙ったままなにかからふんだくるように俺が綺麗に畳んだ洋服を掴んで、着るからこっちみんなときつい口調と視線で威圧してくる。


あーはいはい、わかったわかった


こんなやり取りも別に初めてじゃない。
まだ片手で数えられるくらいだけど、ああ、やっぱりまたそういう顔で睨んでくるわけねと予期できるくらいではある。
背を向けて、散らばった書類を掻き集めた。まだ途中だったのにどこから目通してないかわかんなくなっちまった。

もう今日は仕事を諦めて、机の上に滑るように投げておく。コーヒーでもいれてやるかと用意していれば、後ろからまた怪訝そうな声が鋭く刺さった。


「なんにもいらない」

「俺が用意したいだけだって。気にすんな」

「気にしてない。もう帰る」


振り向くと折原臨也はもう着替え終えていて、ちょうど立ち上がろうとするところだった。
大丈夫かなあとみていればどうやら腰に激痛が走ったようで「う、」という短い悲鳴のあとずるずるとその場にへたりこんでいった。
意外とアホだなと思い、くすくすと笑えば、射ぬくような勢いでキッと睨み付けてくる。


手負いの獣みたいだ。


静雄なんかよりずっとじゃじゃ馬な感じがするな。あ、じゃじゃ馬って女に対していうもんだっけ?


淹れたコーヒーを目の前に置いてやると、やはりいらないと睨んでくるから仕方なし書類の隣に置いた。
ソファーの下で蹲るそいつに、丸まった毛布をほらと差し出す。いらないと拒絶されるかと思ったがそれはふんだくられた。
想像以上に顔の傷が痛々しい。
多分全身この調子なんだろう。
口の端に滲んだ血を拭ってやろうと手を伸ばせば、こちらが驚くくらい肩を揺らして、身体を硬直させた。
目を固く閉じてぶるぶると震えて、
なんだよ、こんな怖がってたのかと思って


その手でそっと頭を撫でてやった。



「大丈夫だ、殴ったりしねえよ」

「…………、い、」

「大丈夫だから、な?」

「い、や、嫌だ、ごめ……ごめん、シズちゃん…ごめん」

「………おい。おい、こっち見ろ、大丈夫だ俺は静雄じゃないから」

「う、あ、ひくっ…、ふ、……」



震えて泣くその様子は、まるで子供のようで
どうしようかとおろおろしている俺も子供のようで

泣かれても困るんだよなあ、でも、怖がってるし。

どうしたらいいのかわからずにいて、それでも目の前で泣きながら震える身体があるのは確か。
気が付いたら手を伸ばしていた。抱き締める、というよりかもたれさせてやると言ったほうがいいかもしれない。
ただ、かける言葉も見付からずにそれだけしたのは、ほとんど無意識だったと思う。

そうしたら今度はぴたりと泣き止んで少しも動かなくなるから、寝ちまったのかなと古い天井を眺めたまま思って。
別に顔を覗き込むこともしなかった。起きてようが寝てようが、大差ない。



「…………んで、」

「……なんだ、起きてたのか。何だって?」

「なんで、……なんで」

「……………」

「なんで、優しくすんだよ」

「なんでって「気持ち悪い、そういうの」

「き、……って、酷くねえか?」


あははと乾いた声で笑って言えば、肩口に埋めていた顔が至近距離でこちらをむく。
近くで見るその顔はやっぱり整った綺麗な顔で、でも頬が青く痣になっているのも、口の端に滲んだ血も、痛々しいのは相変わらず。
瞳の色はキツい警戒色のわりに、その奥は恐怖やら戸惑いも潜んでいる。

だから、ああ、気持ち悪いとか、迷惑とか、そう言う言葉はその隠れ蓑なんだなと思って、そっと身体を引き離した。



「………帰る」

「腰平気か?」

「うるさいよ」

「……なあ、なんで、静雄なんだ?」

「…………」

「………悪かった、関係ないよな」

「…………、なんだよ」

「え?」



「好き、なんだよ………シズちゃんのこと」



吐き出すような言葉は、血反吐を吐いたほうがまだマシだろうと思えるくらい、痛々しく、苦しそうな


こんだけのことされても、まだ好きなのかとは、聞けなかった。
聞いてしまったら、この人間が形を失って消えてしまうような気がしたから。

ゆっくりと立ち上がると、折原臨也は俺の顔を見ないように出口へむかう。
引き止める理由もない。
ただ痛々しいその背中に、何か声をかけなければと




「なあ」

「……………」

「どうしても、静雄がいいのか?」

「……………どういうこと?」

「静雄じゃなきゃ、だめなのか?」

「…………あなたの言いたいことはわかった。けど、もう、遅いんだよ」

「……………」

「もう、逃げられないんだよ。だって、はじめたのは俺なんだから」

「………………」

「俺のほう、なんだ」





振り向いたその顔は、今にも泣きだしそうな

それをみた瞬間に、ああ、こいつは後悔してるんだと思った。
そして多分静雄も傷付いているんだと悟った。
どうしようもない好きだという気持ちを慰めるように、身体だけでもと望んで、それでも自分のその願いが結果こうして傷つけ合うことになってしまったから、

それが悲しくて、仕方ないんだろう。



声はもうかけられなかった。
俺の中にはかけられる言葉など一つもなかったんだ。

ありがとう、と短くそいつは呟いて、また世話になるかもねと苦く笑った。







閉まった扉に、虚無感ばかりこみあげた。
虚無感とか、痛みとかって空気感染するのかな。
とんでもない感情だけ残していきやがって


……つーか何をしてたんだ、俺は。
何もできなかった、しかたないと自分を正当化しようとする一方で、最後のあの泣きだしそうな顔が頭を離れてくれない。


「…………どうしろ、ってんだよ…」




関係ないと割り切ればそれまでなのに、放っておけないのはなぜだろう。
わからないまま、一口も飲まれることのなかったコーヒーを口に含んだ。


それは俺を冷やかすように、すっかり冷めてしまっていた。




――――――――――
可哀相なシズイザとそんな一途な臨也に惹かれてしまった可哀相なトムさん

え、なにこれ、誰得?

題名が決まらなくて友人に泣きついたw
ありがとうw
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