シズちゃんは俺をにらんだ。



俺はシズちゃんを嘲笑った。





どこまでも俺たちは、擦れ違う。
擦れて火が出るくらいに擦れ合って、俺は、火だるまになっていくのに

シズちゃんはいつまでも燃えずに。

烈火のごとき熱風が俺を包み焼く。


ああ、なんでだ


なんでシズちゃんは焼けないの?

どうして俺ばかり。

ばちりぱちり、
体が焼ける。
痛い、痛い、
熱い、


熱い、







―――――ああ、俺は、シズちゃんが…………











*







すっと、重さを知らぬように軽く目蓋があがった。
大きく見開いた丸い瞳から、つう、と一筋だけ涙がこめかみを流れ落ちる。

静かだった。




しんとした寝室、ではなくリビングの黒い革張りのソファーの上で俺は目を覚ました。

自分が、簡単に涙を流すようなそんな生き物でないことは何より自分がよくわかっていた。
だから、これはなんだろうと、白い天井を眺めたままに
瞳から溢れていった生ぬるいその液体に触れたのだった。






体を起こす。

ソファーは癇癪を起こしたように急に大きな音を立てて軋んだ。
ぎしりと鳴いた。



頭が痛い。

ずきりと痛んだそれは風邪のように重く、怠い。
こんなにも疲れたと素直に思うのは久しぶりで、体も別段弱いわけではないために、自分の今の状態はとても珍しいものだった。

だからといってそれがいいものかというと、そうではなく、むしろ夢で世界で一番嫌いな人間を夢見てしまったことに胸がざらついた。
苛々と頭を掻き毟り重い腰をあげる。
冷蔵庫を開ければ昨日飲み残した赤ワインを見つけて、ああこれかと頭痛の原因に息を吐いた。


外に出るのも億劫に、新羅に無理矢理押し付けられた薬を手当たり次第飲みあさる。
ぐらんと眩む意識。
またどさりとソファーに座り込んで、危険な微睡みにまた泣いた。




ピルル、




携帯がなる。
ポケットで携帯が震える。
鳴り止まないそれに観念して通話ボタンを押した。



『もしもし、臨也?生きてる?』


「……………」


『臨也?大丈夫?』


「………しん、ら」


『………はあ、また薬いっぱい飲んだでしょ。ちゃんと飲めないなら本当にうちで監禁しちゃうよ?』


「……、ん……ごめん、きる」


『え、ちょ、いざ――ブツッ






ぽろりと携帯を取りこぼす。
がしゃんと軽い音がした。


ああ、もう俺は何をしているんだろう








*





気が付いたら暗くなっていた。といっても起きだしたのが夕方だったみたいだから仕方ない。


ふと、

そうだ、死のうなんて旅行感覚に思って外に出る。
いつものコートを着て玄関まで足を引きずり扉を開け、エレベーターを降りたところでどすんと人にぶつかった。
回らない呂律ですみませんと呟けば、よろけた俺をその手が強くつかんだ。



「痛…」

「……臨也」

「…………シズちゃん」


「手前、本当に痩せたな。薬飲んでねえ上に飯食ってねえんだろ?」



ぽかんと、頭は停止していた。
どうやら新羅がチクったらしい。
それがムカついたわけじゃない。
ただ、虫の居所が悪かったのだ。


だから俺はシズちゃんを睨んだ。



「…、でる」


「あ?」


「飲んでるよ!!薬ちゃんと飲んでるし、ご飯も食べてる!!あんたなんかに関係ないだろ、ほっといて!!」




無駄だとわかっていたのにシズちゃんの胸を両手でどんと突いた。
ふざけんな、なんでこんなところまでくるんだ。


俺が反抗したのにシズちゃんは俺を可哀想な捨て猫でも見るような苦悶の表情を浮かべて見た。


そんなことに動揺している。

おかしい、変だ。
こんなの俺らしくない。



「………」


「なんで……、何その顔。俺を殴ってよ、ガードレールでもなんでもぶつければいいだろ。キレろよシズちゃん……ねえ、俺…変だよ。シズちゃんどうしよう…」


「……しょうがねえだろ。あんなとこに何週間も監禁されて、あんだけいろんなことされてりゃあ」


「……何それ。俺そんなの知らない。そんなことされるわけないじゃん。俺が、まさか………ぁ、…」






ぎゅうと服が捩れる音がした。
俺を抱き締めたシズちゃんは震えていたような気がする。

いや、震えていたのは俺……



本当はわかっていた。

ある情報を狙った人間たちによって俺は拉致られ監禁された。
真っ暗な、窓も明かりもない、コンクリート打ちっぱなしの部屋に、俺はずっと縛り付けられていた。
まるでロボットのように、朝起きて、床に置かれた食い物を芋虫のように背中で結わかれた手を使うこともできずに食い散らかし、しばらくたってそれを無理矢理嘔吐させられる。
飯を喰うのを拒絶すればその後三日間拷問にあうことを知っていたから、そうはできなかった。

またしばらくたってから、俺は何人かの男たちに抱かれる。

乱暴に乱雑に


シズちゃんのような、美しい暴力でなく
もっと小汚い


それは日常になった。
男たちに体を貪られるのも、
男たちの性器を口に含むことも、
それからあふれ出た精液を飲み込むことも、
それを浴びることさえも、
俺は、俺は俺は俺は、

悦楽のように感じはじめていた。

ああ、そうだ、俺は心のどこかで快楽に溺れていた。
男たちの罵倒が、心地よかったのだ。

最悪だ。
最悪だ、最悪だ最悪だ最悪だ。

それでいて最低だ。

俺は狂った。

救い出されたときにはもう狂っていた。

なのにあのとき助けにきたシズちゃんが、精液まみれの俺を見たときの顔が、歪むことなく明確に、俺の網膜に残って








「っ……もう俺は死んだんだよ、シズちゃん」





肩に埋めた顔の、2つのガラス玉のようなそれから、
ぽろりぽろりとビー玉のような涙が、
零れて落ちるたび、



折原臨也は死んだのだと

世界に知らしめている気になって





「生きてる」


「ううん、俺は死んだの」


「いざ「ねえ、シズちゃん」


「俺は生きてなきゃダメなの?」




あんなことされて、
シズちゃんが生きてって言ってるのに、
俺は君が俺の経験などわかりっこないとすら思ってる。
そんなの嫌だなって思う。
シズちゃん、君を信じられなくなるなら、
俺はもう生きられない。








だからほらね、シズちゃん


俺は死んだの



もうこの世界のどこにもいないの



「…………」


「………………」


「…………それでも」







生きてくれ








ああシズちゃん、

君はずるい



そんな力を持つくせにいつも誰かがそばにいる。



燃える俺は火の中から、
君を妬んでいる。



ああ、シズちゃんが羨ましい。


君のような人間だったなら俺はきっと壊れなかったのに。



もう戻れないよ、シズちゃん


なのに何度も君は言うんだ




「好きだ」


「…………シズちゃん」







答えなどないことを誰より知ってるのに、
シズちゃんが傷だらけの俺を愛そうとするから
俺も死ねないのだ。



こんな、生き地獄のような世界の中で。








(好きだなんてよまいごと)

(だけどこの世界の中なら)

(こんな精神崩壊の中なら)

(その答えを知っている気がした)




――――――――――
精神崩壊した臨也


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