涼介と瑠衣が付き合っている。その噂はすぐにレッドサンズ中に広まった。涼介は噂を否定せず、メンバー達に瑠衣と連絡を取ることを禁じただけだった。彼女は忙しいから、そっとしておいてくれと。
 付き合い始めたとはいえ、二人が男女の関係に発展することはなかった。変わったことと言えば、メールの頻度が増え、涼介が瑠衣のアルバイト先へ迎えに行くようになったことぐらいだ。彼は毎日彼女に会って、彼女が苦しんでいないか、消えてしまいたいなどと考えていないか、確かめなければ気が済まなかったのだ。

 涼介はその日、溜まった課題に追われていた。提出期限は今週末だというのに、書きかけのレポートが二本も残っている。気が付けば時刻は深夜零時を過ぎていた。いつもならば、既に瑠衣のアルバイト先に到着している頃だった。
 程なくして瑠衣から退勤報告のメールを受信すると、涼介はすぐさま電話を掛けた。

「すまない。レポートを書いていて、実はまだ家なんだ」
「大丈夫ですよ。今日は店の人に送ってもらいますから」
「いや、すぐに向かう。少し待っててくれ」
「本当に大丈夫ですって。涼介さんお忙しいんだから、無理しないでください」

 しかし、今日はまだ瑠衣の顔を見ていない。彼女のどんな些細な変化も見逃したくないと、涼介は思っていた。それはある意味、強迫行為の域に達しているのかもしれない。

「だったら、俺の家まで送ってもらうことはできるか?」
「できると思いますけど」
「じゃあそうしてくれ。キリのいいところまで終わらせたら、家まで送るから」

 電話の向こうで、瑠衣は少し黙った。

「涼介さん、そこまでして貰わなくても大丈夫です」
「何度も言っただろう。これは俺の為だと」

 涼介の為、という言葉に瑠衣が逆らえないことを彼は知っている。
 香織を守れなかったことに対する罪滅ぼしと、悲劇を繰り返さないという決意。それらは全て、涼介のエゴイズムだ。

「お前の顔を見ないと不安になるんだ」

 香織の影を勝手に重ね合わせ、レッドサンズのリーダーという立場を利用して瑠衣を自分自身に縛り付けようとする涼介。身勝手とわかっていながらも、彼はその行為を止めることができなかった。

*

 瑠衣はコンビニのレジ袋を持って、涼介の部屋へ入ってきた。

「本当に良かったんですか?こんな遅くにお邪魔して」
「気にするな。両親は寝てるし、啓介は朝まで走ってるよ」
「そうですか……あ、コーヒー買ってきたのでよかったら」
「ありがとう。貰うよ」

 瑠衣から缶コーヒーを受け取り、涼介は再びパソコンと向き合った。

「もう少しかかりそうなんだ。終わったら起こすから、俺のベッドでよければ寝ててくれ。疲れてるだろう」
「でも……」
「安心しろ。寝込みを襲おうなんて思っていない」
「それはわかってます。じゃあお言葉に甘えて……寝る前にメイクだけ落としてもいいですか?」
「勿論だ」

 瑠衣はコンビニで買ってきたらしい化粧落としシートで顔を拭き、涼介の布団に入った。余程疲れていたのだろう。すぐに、彼女は子猫のような寝息をたて始めた。
 レポートがひと段落つくと、涼介はパソコンをシャットダウンし、ベッド脇に腰掛けた。瑠衣は横向きの姿勢で眠っており、その顔には髪が掛かっていた。涼介は指先で髪に触れ、彼女の耳に掛けた。
 露わになった瑠衣の横顔を見て、涼介は思う。レッドサンズにいた頃よりも彼女は痩せてしまっていた。目の下には隈があり、頬も痩けている。自分自身を安心させる為に彼女と会っているのに、彼女の弱った姿を見るのは心苦しい。

「瑠衣」

 今度、食事に連れて行ってやろう。彼はそんなことを考えながら瑠衣の名を囁いたが、彼女は目覚めない。

「このまま朝まで寝るか?」

 涼介は瑠衣の手に触れた。彼女の掌をそっと突くと、彼女は反射的に涼介の指を握った。まるで子供の把握反射だなと、涼介が大学の講義を思い出していたまさにその時。彼女は消え入りそうなほど小さな声で、寝言を漏らした。

「啓介……」

 その言葉を聞いた時、涼介の胸の奥底で何かが弾けた。次いで、胸を焦がすような熱いものがふつふつと沸いてくるのを彼は感じた。それは紛れも無い、激しい嫉妬の感情だった。
 瑠衣を自分のものにしたい。彼女の意識から啓介の存在を消し去り、涼介自身で満たしたい。彼女の安らかな寝顔を見つめながら、彼はそう強く思ったのだった。









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