涼介のFCが向かった先は赤城山だった。最後にここを訪れた時、瑠衣はまだ知らなかった。近い将来FDを手放すことも、レッドサンズから脱退することも。

「涼介さん、お疲れ様です」

 近くでたむろしていた二軍のメンバー達が涼介に挨拶をした。瑠衣は咄嗟に涼介の背後に隠れようとしたが、涼介がそうはさせなかった。彼は瑠衣の手を握って、彼女の身体を引き寄せた。

「あれ……瑠衣さん?」

 瑠衣はどうしていいかわからず、足元に視線を落とした。

「瑠衣さんですよね?」

 二軍メンバーの問いに答えたのは、涼介だった。

「あぁ。そうだ」
「もしかして、涼介さんと瑠衣さんって……」
「お前達には関係ないだろう」

 涼介は瑠衣の手を引いて、集団から離れた。向かった先は大沼だった。ボート乗り場の桟橋で二人は立ち止まり、水面に浮かぶ真っ白な月を眺めた。

「あの、涼介さん……」
「どうしてあんなことをしたかって?」

 瑠衣の手は、涼介に掴まれたままだった。

「変な噂が流れてるのは、啓介から聞いたよな?」
「はい」
「でも、その噂の相手が俺なら、これ以上は誰も何も言えないだろ。ある意味、火消しだよ。瑠衣を利用したみたいで悪かったな」

 瑠衣は申し訳なさを感じていた。自分が脱退したことで、多くの迷惑をかけてしまった。レッドサンズ全体にも、涼介個人にも。

「瑠衣、今でもレッドサンズは好きか?」

 静寂に満ちた湖に、涼介の低い声が響く。瑠衣は間髪入れずに頷いた。

「だったら、消えて居なくなりたいなんて二度と言わないでくれ。そんな風に思った時には、いつでもここへ来るといい。俺達はいつでも瑠衣を待ってる」
「でも、私……もう車もないですし」
「いつかまたFDを買うんだろ。それまでは、俺が連れて来てやるから」

 涼介は瑠衣の手を離して、彼女の肩をそっと叩いた。
 涼介の優しさは、瑠衣の張り詰めた心を解きほぐしていく。父親の会社が倒産して以来、誰かの優しさを、これほどまでにありがたく感じたことはない。

「涼介さんが皆に慕われる理由、今ならよくわかります」
「そうか?」
「はい。圧倒的な強さだけじゃない。涼介さんは誰よりもレッドサンズのメンバーを大切にしてくれる」
「今日瑠衣をここへ連れてきたのは、レッドサンズの為じゃない。強いて言うなら……俺の為、かな」

 瑠衣は涼介を仰いだ。長い睫毛の先にある瞳には、真っ白な月が映っていた。美しい人だ、と瑠衣は改めて思った。格好いいというよりもむしろ、美しい。

「瑠衣、頼みがある」
「頼み、ですか?」
「これから先、俺の目の届くところに居てくれないか」

 瑠衣は何も答えられなかった。彼の言葉の意味が、その真意がわからなかったのだ。

「少しわかりにくかったな……だったら、こうしよう。瑠衣、俺と付き合わないか」

 瑠衣の心に、ナイフで突き刺されたかのような強い衝撃が走った。自分が涼介と付き合う。そんな冗談のようなことを、今まで一度も考えたことがなかった。瑠衣にとって涼介はあくまでも、彼女が心から慕うレッドサンズのリーダーなのだ。彼女がレッドサンズのメンバーでなくなったからといって、その気持ちは変わらない。

「俺のことは好きじゃなくていい。お前が嫌がることもしない。ただ、常に俺の視界に入っていて欲しい」
「でも……私が涼介さんと付き合うなんて、そんな……」
「付き合うっていうのはあくまでも形式上の話だ。その方が周囲に説明がつきやすい」

 涼介の視線は瑠衣を捕らえて、離さなかった。

「あまり深く考えるな。瑠衣は何もしなくていいし、この先も啓介を想い続ければいい」
「私、啓介のことは……」
「好きなんだろう。見ていればわかる」
「違います。本当に違うんです」
「そんなに必死に否定するってことは、つまりそういうことさ」

 瑠衣は目を伏せた。それ以上、反論することができなかった。

「瑠衣、これは俺の為なんだ。レッドサンズのリーダーとしてお前に話をしている」
「涼介さんの為、ですか?」
「そうだ。瑠衣はただ、リーダーの命令に従うだけだ。その程度の軽い気持ちで、俺と付き合ってくれたらいいから」

 リーダーの命令と言われたら、断ることなどできない。涼介の為ということであれば尚更だ。瑠衣には想像がつかなかったが、涼介には何か意図があるのだろう。レッドサンズを辞めてもなお自分を気に掛けてくれる涼介に対して、せめてもの恩返しをしなければならないと彼女は思った。
 瑠衣は「わかりました」と返事をした。意識の片隅で、涼介ではない誰かのことを考えながら。









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