深夜零時にアルバイトを終えると、店のボーイが運転する乗用車のリアシートに座り、瑠衣は帰路に着く。それは気怠さを感じるほどつまらない運転だった。俗に言う安全運転の類いに入るのだろうが、瑠衣にはかえって乗り心地が悪く感じた。
 瑠衣は窓ガラスに頭部を預けて、赤城山を見つめていた。今頃レッドサンズの仲間達は、いつものように走り込みを行なっているだろう。自分もあそこへ行きたい。仲間達と共に走りたい。しかし、今の瑠衣に、あの峠を駆け上がる術はない。



「腕のいいFDがいると思ったら、女だったのか。驚いたぜ」

 サーキットで声を掛けてきた啓介を、瑠衣は思い出していた。

「地元どこだ?−−なんだ。近いじゃねぇか。よかったら今度赤城へ来いよ。俺達ほぼ毎日走ってるから」

 啓介に誘われ、瑠衣は赤城山へと出向いた。

「瑠衣。俺達と一緒に、関東最速を目指そうぜ」

 そして瑠衣はレッドサンズの一員となった。程なくして一軍に昇格し、明くる日も明くる日も、峠を走り抜けた。サーキットでは味わうことができないスリルと充実感に、瑠衣はすっかり取り憑かれていた。やがて、瑠衣は些細ながらも夢を抱いた。彼女にレッドサンズという大切な存在を与えてくれた啓介の傍らで、夢に向かって挑み続ける彼の姿をずっと見ていたいと。


 乗用車は古びたアパートの前で停まった。引っ越したばかりのこの家の駐車場に、かつて「赤城の紅一点」と呼ばれた赤いFDの姿はない。バイト代を貯め、親に借金をしてまで手に入れた愛車は売ってしまった。そうするしかなかったのだ。
 瑠衣はボーイに挨拶をして、車を降りた。玄関の扉を開ける前に、もう一度、赤城山に視線を走らせる。届くはずのないロータリーエンジンの音が聞こえた気がした。甲高いスキール音も。レッドサンズのメンバー達の笑い声も。
 瑠衣は溜息を吐いて、自宅に入った。彼女がレッドサンズを辞めてから、もう一月が経とうとしていた。









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