「エミリちゃんの彼氏ってホスト?」

 アルバイト始業前。ロッカールームの鏡台に向かい化粧を直している瑠衣に声を掛けたのは、店の人気ナンバーワンである先輩キャストだった。

「いえ。大学生です」
「え、そうなの?高そうな車乗ってるし、めちゃくちゃイケメンだし、てっきりホストかと思った」

 涼介がホストとして両手に女を侍らせている姿を想像してしまい、瑠衣は迂闊にも笑ってしまった。

「確かに家はお金持ちですけど、ホストじゃないですよ」
「そっかぁ、大学生かぁー。エミリちゃんキャバでバイトしてて怒られない?」
「すごく嫌がられてはいますね」
「だろうねー。だっていつも迎えに来てるよね?束縛やばくない?」

 束縛、という言葉が瑠衣の胸に引っ掛かった。
 ここ数ヶ月、涼介の要求はエスカレートしていた。涼介の知らない男友達と連絡を取ったり会ったりすることは認められず、ファミレスでレッドサンズの面々と食事を共にしていても啓介との会話は許されなかった。涼介にせがまれて何度かキャバクラのアルバイトを休み、終に時給を下げられてしまった。

「束縛って、どこからが束縛だと思います?」

 瑠衣は鏡越しに先輩を見つめた。彼女はセットされた髪にヘアスプレーを振りかけながら答える。

「うーん。男友達と仲良くするだけで怒るとか」
「それ、私の彼氏だ……」
「大丈夫?彼氏、浮気してない?」
「でも束縛するってことは浮気とかしていないんじゃ……」
「わかってないなぁ。浮気男ほど束縛するんだよ」

 浮気男ほど束縛する。彼女の言葉は瑠衣の脳に刻まれ、離れなかった。時には両手で受け止めきれないほどの愛情を注いでくれる涼介が浮気をするなんて、瑠衣には想像すらつかなかったが−−それでも彼女は胸の内に、疑惑の念を抱いてしまった。

「私の元彼もそうだったよ。男友達と縁切らされたし、同伴もアフターも禁止されてたし、会う度に携帯チェックまでされてたのに、結局向こうがずーっと浮気してたんだよね」
「嘘……そんなの酷すぎる……」
「でしょー?私はてっきり愛されてると思い込んでたんだけど、違ったんだよね」

 瑠衣は、自分は涼介に愛されていると信じていた。だからこそ彼の全てを受け入れてきたのだ。その信念が揺らぐ日が来るなんて。

「自分に後ろめたいことがあると相手のことも疑っちゃうんだろうね。結構いるよ、そういう束縛きつい浮気男」

 瑠衣は返す言葉が見つからなかった。

「エミリちゃんまだ若いんだから、悪い男に騙されちゃダメだよ」

 彼女がそう言い残してロッカールームから出て行った時、瑠衣の携帯がメールを受信した。涼介だ。

 −−今日は迎えに行けなくなった。家に着いたら連絡をくれ。


*


 帰宅して涼介にメールを送った瑠衣は、一息つく間もなく史浩に電話を掛けていた。勤務中に涼介のことばかり考えてしまい、居ても立っても居られなかったのだ。彼の女性関係について聞くならば史浩が適役だろう。

「珍しいな。瑠衣から電話なんて」
「うん……今大丈夫?」
「あぁ。どうしたんだ?」
「涼介さんの事なんだけど……」

 瑠衣は唾を飲み込んだ。バイト先で酒を沢山飲んできたにも関わらず、彼女の喉は砂漠のように干からびていた。

「私の他に女が居たりしないかなぁと思って」
「涼介が?浮気?」

 間髪を入れずに、史浩は声を張り上げた。

「あ、別に、女と居る所を見たとかそういうことじゃないんだけど」
「うーん。浮気してる暇は無いんじゃないか?少しでも時間が空けば瑠衣と連絡取ったり会ったりしてるだろ」
「そうだよね……」
「何だよ。喧嘩でもしたのか?」
「ううん。ただ……ちょっと最近、思うことがあって」

 日頃瑠衣が史浩と話していても涼介は怒ったりしないが、こうして電話をしていると、また彼の反感を買ってしまうかもしれない。彼女は涼介の冷たい瞳を思い出し、胸がぎゅっと締め付けられた。

「心配し過ぎだよ。そもそもあの涼介が女の子と一年も付き合ってるってことに、俺は驚いてる位なんだから」
「史浩って涼介さんと付き合い長いよね?元カノとか知ってるの?」
「それが、俺も知らないんだよ。何と無く女が居るなって雰囲気の時はあったけど、あいつ、聞いても教えてくれないから」

 彼女が涼介の女性関係を知りたいと、これほどまでに思ったことはなかった。それが過去形なのか、現在進行形なのかはさて置いて。

「兎に角、心配しなくても瑠衣はちゃんと涼介に大事にされてるって。俺が保証する」

 史浩が瑠衣を気遣う言葉は、彼女をかえって不安にさせた。自分は本当に大切にされているのか、はたまた涼介自身に後ろめたいことがあるのか。

「ただでさえ大学でドタバタしてる上にDの活動が忙しくて、瑠衣も色々我慢してるだろうけど、変な虫が寄って来ないように俺がしっかり監視しておくから」
「ありがとう、史浩。こんなこと相談してごめんね」
「気にするなって。この電話のこと、涼介には言わない方がいいんだよな?」
「うん……そうして貰えると助かる」
「わかった。何かあったらまた連絡しろよ」
「本当にありがとう。じゃあ、遅くにごめんね」
「おやすみ。またな」
「うん。またね」

 通話終了ボタンを押すと、不在着信が数件と、メールが一通届いていた。どちらも涼介からだった。

 −−誰と電話しているんだ?

 浮気男ほど束縛する。瑠衣は先輩の言葉を思い出した。彼女は深く息を吸い込んで、リダイヤルボタンを押した。









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