瑠衣はバスタブに沈み、自身の首筋を撫でていた。そこには涼介の手に圧迫された感覚がまだ残っていた。

「……嫌だったか?」

 シャワーの蛇口を捻った涼介は、前髪をかき上げてバスタブへ入ってきた。瑠衣の背後に腰を下ろした彼は、彼女の腹部に腕を回して身体を密着させる。

「わかりません」
「瑠衣はいつもそればかりだな」

 瑠衣は涼介の長い手足に包まれ、彼の胸板に背中を預けた。

「今日の瑠衣、すごく可愛かったよ」
「私は……すごく恥ずかしかったです」

 涼介の手が瑠衣の乳房をそっと包み込んだ。

「あっ……」

 胸を揉まれているわけでも、況してや先端を嬲られているわけでもない。ただ触れられているだけなのに、彼女は行為を思い出して、つい甘い声を漏らしてしまう。

「そんな声を出さないでくれ。これでも、今はかなり我慢しているんだ」

 そうは言いつつも、涼介は瑠衣の胸を離さなかった。彼はもう片方の手で彼女の濡れた髪をかき上げて、露わになった耳の裏や首筋に何度もキスを落とした。

「今日は少しやりすぎたと思っているよ」

 涼介の言葉に瑠衣は下腹部が、そして首筋がぎゅっと締め付けられたように感じた。医者を志している涼介のことだ、万が一のことがないよう安全には配慮していたのだろう。それでも彼の行為は、彼女に途方も無い苦しみを与えたのだ。

「息が止まるかと思いました」
「すまなかった」
「でも……嫌じゃなかったと思います」

 ただ苦しいだけではなかった。行為の最中、言葉を失うほどの快感に彼女が見舞われたことはこれまでになかった。

「涼介さんとすると、おかしくなっちゃうんです。恥ずかしいこととか苦しいこととか、本当は辛いのに嫌だとは思わないんです……これも涼介さんの計算通りですか?」
「あまり自惚れたくはないからな。嬉しい誤算、とでも言っておこう」

 クスリと笑った涼介は瑠衣の胸から手を離して、その手を彼女の顎に添えた。

「瑠衣のああいう姿は、他の誰にも見せたくない」

 涼介に促され、瑠衣は彼を振り返った。すぐに涼介の唇が落ちてきた。これまでどんなに苦しみを与えられても、恥辱を受けても、彼のキスはいつも優しかった。

「交友関係を制限するつもりはないが、他の男とあまり親しくして欲しくないと思っている……とだけ伝えておくよ。例えキャバクラの客でも、啓介でもな」
「安心してください。啓介にはちゃんとフられましたから」
「あぁ。啓介から聞いたよ」
「じゃあ……」
「例え二人がただのチームメイトだとしても、瑠衣が啓介を好きだったという事実は無かったことにはならないからな」

 涼介は両腕で瑠衣の身体を抱き締めた。

「これは単なる男の嫉妬だよ。俺は、俺が好きだと言ってくれた瑠衣を信じてるし、あまり気にしなくていい」
「……涼介さんはどうして私なんですか?」

 瑠衣は湯船の水面に視線を落とした。彼女の腹部には涼介の腕が絡み付いている。

「何故そんなことを聞くんだ?」
「だって私がレッドサンズに居た頃は、こんな風にならなかったじゃないですか。涼介さんに好きって言って貰えるのは嬉しいけど、現実味がないっていうか、何だか嘘みたいで……」

 これまで彼女は「リーダーの命令」という大義名分のもと涼介の為に、そして啓介を忘れたい彼女自身の為に、彼に従ってきた。しかし涼介に対する恋心を自覚した今、彼女の心には一握の不安が湧いていた。高橋涼介の恋人として、自分は相応しいのだろうかと。

「人を好きになるというのは理屈じゃないんだ。ずっと啓介が好きだったお前が何故俺に心変わりしたか、懇切丁寧に説明できるか?」

 瑠衣は何も答えられなかった。確かに涼介の言う通りだった。「形式上」の付き合いを始めて身体を重ね続けるうちに、彼女は涼介を好きになっていた。啓介にフられた際に自覚したとはいえ、それ以前から彼女は涼介を想っていたはずだ。

「気付いたら瑠衣のことを好きになっていた。それだけさ」

 涼介はそれ以上何も話さなかった。ただ二人はバスタブの中で身を寄せ合い、互いの手を握ったり身体に触れたりしながら、穏やかな時を過ごしていた。

 瑠衣は今日の涼介の言葉を、随分と後になって思い出すことになる。その言葉はいずれ瑠衣を思い悩ませるが……今、恋人の腕の中で愛情に浸る彼女は知る由もない。




第一部 完
2019.4









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