数日後のアルバイト終わりに、涼介が迎えに来た。キャバクラ店を出て、路肩に停まっているFCを見た時、瑠衣は胸を撫で下ろした。ようやく涼介に会えるのだと。

「お疲れ様です、涼介さん」
「お疲れ。今日は忙しかったのか?」
「お店自体はそんなにですけど、今日もいつもの人が来てて……ちょっと疲れちゃいました」
「あぁ、十万円の?」
「はい。最近は十五万円に値上げするって言うんですよ。毎回断ってるんですけどね」

 瑠衣がシートベルトを絞めるとすぐに、涼介はFCを発車させた。少し走り、赤信号で一旦停車したところで涼介は口を開いた。

「考えてみたんだか」
「はい」
「その十万円の男に、そろそろ抱かれてやったらどうだ?もう数ヶ月も瑠衣を口説き続けてるんだろう?」

 瑠衣は涼介の言葉が信じられなかった。きっと何かの冗談だと、彼女は自分自身に言い聞かせた。

「それ、どう言う意味ですか」
「好きでもない男に抱かれるのはお手の物だろう?いつもそうしてるじゃないか」

 涼介は決して瑠衣と目を合わせず、淡々と言った。
 瑠衣の心には恐怖の念と、ほんの僅かな怒りが湧いた。涼介が怖いと思った。あんなにも彼女を求め、愛を囁いておきながら、突然こんな風に突き放すなんて。

「涼介さん、どうしてそんな酷いことを言うんですか?」
「酷い?何故そう思うんだ?」
「だって……涼介さんはキャバクラのお客さんとは違うのに」
「同じさ。俺もそいつも、啓介ではないからな」

 信号が青に変わり、FCは再び走り出す。
 いつの間にか、瑠衣の身体は震えていた。凍てつくような冷たい何かが、彼女の心に突き刺さっていた。瑠衣は涼介が好きだ。その気持ちを伝えたくて、今日、こうして彼と会っているのだ。

「涼介さん。お願いだからそんな風に、冷たくしないでください」

 そう言った瑠衣の頬に生温かい涙が一筋、静かに滴っていた。

「私、涼介さんが好きです。だからそんな……他の男に抱かれろなんて、涼介さんには言われたくない」

 瑠衣は膝の上で、両手をぎゅっと力強く握った。そうしていないと、手の震えを抑えることができなかった。
 
 瑠衣の涙が乾くまで涼介は黙っていた。その時にはもう、二人は彼女の家のすぐ近くまで来ていた。涼介はFCを停車させ、瑠衣と向き合った。

「瑠衣、依存症という病気は知っているよな」
「依存症、ですか?アル中みたいな?」

 それは、意外な一言だった。首を傾げる瑠衣の目を見つめながら、涼介は続ける。

「そうだ。代表的なものはアルコール依存やタバコ依存、それに薬物依存もあるな。どれも依存性の高い特定の物質を継続的に摂取することによって起こる。より強い刺激を求めるあまりその物質の摂取量が徐々に増え、自分をコントロールできなくなり、やがて身を滅ぼしていく。それが依存症だ」

 瑠衣は手を握り締めて、涼介の言葉を黙って聞いていた。

「物質への依存だけが病として認識されがちだが、最近はもう一つの依存症も認知が広まってきている。それが、プロセスへの依存だ。言葉の通り、特定の行為そのものから抜け出せなくなってしまう依存症だ。例えばギャンブル依存や犯罪依存……それに、セックス依存もある」

 涼介は、その手で瑠衣の頬を包み込んだ。涼介の手は温かかった。

「瑠衣はプロセスへの、つまりセックスへの依存状態になっていた。そして、お前をそうさせることが俺の目的だった」

 涼介は、先程まで涙が筋を作っていたところを指の腹でそっと撫でた。
 セックスへの依存状態。瑠衣は涼介の言葉を、心の中で復唱した。

「正直に言う。初めて瑠衣を抱いた時、一晩で瑠衣を俺のものにできると思っていた。でも、それは自惚れだったよ。俺に抱かれた後にも、瑠衣の心にはまだ啓介がいた」

 涼介の長い睫毛が上下する度に、瑠衣の意識はその奥にある瞳に、少しずつ吸い込まれていく。

「どうすれば瑠衣を俺で満たすことができるか、随分考えて、導き出した答えは「俺との行為に依存させる」だったんだ。兎に角瑠衣に俺という刺激を与えたくて、ついやりすぎてしまって、苦しかったこともあっただろう。すまなかった」

 だからあんな風に暴力的に抱かれたのだと、瑠衣は涼介との行為を思い出す。痛みも、苦しみも、そして快楽も、彼の思惑通り彼女の身体に染み付いていた。

「依存症は立派な病気だ。治すには医師や専門家による治療が必要となるが、それが何故かわかるか?」
「勝手に止めたりするとかえって悪化するから……ですか?」
「その通りだ。依存対象である物質や行為を突然止めたり減らしたりすると、禁断症状に陥ることがある。精神的なものから物理的な苦痛まで、症状は様々だがな」

 涼介は瑠衣の頬から手を離し、今度は彼女の手を握った。彼女の手はもう、震えてはいなかった。

「俺の読みが正しければ、俺と会わなくなってから瑠衣は軽い禁断症状に陥っていたはずだ。しかしそれはセックスというプロセスへの依存から来るもので、その相手が俺でなくとも成立した可能性があった。だけどな、瑠衣。俺はお前を、本当の意味で俺のものにしたかったんだ。その為には瑠衣自らの手で啓介への想いを断ち切らせる必要があったんだ」
「だから秋名で、啓介と二人きりにさせたんですか?」
「……これでダメだったら、次の手はもう思い浮かばなかったよ」

 涼介の口元が緩んだのを、瑠衣は見逃さなかった。

「頭の中で何度もシミュレーションを重ねてきたのに、瑠衣の口から俺への気持ちを聞くまではやはり、百パーセントの確証はなかったんだ。情け無いけどな」
「じゃあさっきのは……私に、涼介さんが好きだと言わせる為に?」
「勿論だ。瑠衣が俺以外の男に抱かれるなんて、絶対に許さない」

 レッドサンズのリーダーとしてではなく、一人の男性として涼介には逆らえないと、瑠衣は改めて思った。とうの昔から瑠衣は涼介の手の内にあったのだ。

「瑠衣、もう一度言って欲しい。俺のことが好きか?」
「はい……好きです。涼介さんが好きです」

 これから先も、瑠衣はずっと涼介に従い続ける。逃れられず、離れられず、彼を求め続けるだろう−−彼女はそう確信した。

「ずっとその言葉が欲しかった」

 涼介は微笑んで、ナビシートに向かって身を乗り出した。久々のキスは、とても激しいものだった。舌同士がねっとりと絡まり合った。二人は何度も離れたり、顔の角度を変えたりしながら、時間を忘れ夢中でキスをした。

「今日は、自分を抑えられないかもしれない。瑠衣を俺の手でめちゃくちゃにしたい。もしかしたら、また苦しい思いをさせるかもしれない……それでもいいか?」

 この後、理性を失うほどの官能的な時が彼女を待ち受けているだろう。下着の奥に生温かいものが沸いたのを感じて、彼女は小さく息を吐いた。

「涼介さんには逆らえません」









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