FDのナビシートに座り、瑠衣は黙ったまま沿道を眺めていた。今日、この秋名の峠で、高橋涼介が負けた。そんな時なのに、バトルの結果よりも涼介に冷たい態度を取られたことばかり考えてしまう自分自身に、瑠衣は嫌気が差していた。

「お前、元気かよ」

 啓介は瑠衣をちらりと横目で見た後、すぐに進行方向へ視線を戻した。

「元気だよ。見ての通り」
「嘘吐け。ガリガリじゃねぇか」
「そんなことないでしょ?」
「いや、痩せすぎだろ。この前夜遅くにウチへ来てたの、瑠衣だろ?飯とか食ってけばいいのに」
「気付いてたんだ。もしかして、うるさかった?」
「そりゃ玄関に見たことない女の靴があればわかるだろ」
「そっか。よかった」
「よかったって……あのなぁ。俺だって兄貴のそういう話、聞きたかねぇよ」

 啓介は溜息混じりに言った。

「でも、マジで知らなかったぜ。お前兄貴のこと好きだったんだな」
「涼介さんがそう言ってたの?」
「いや、そういうわけでもねぇけど……好きだから付き合ってるんだろ?」
「わかんない」

 瑠衣は涼介と付き合っている。しかしそれは、純粋な恋心が導いた結末ではない。

「わかんないって何だよ。付き合って、やることやってんだろ。それで好きじゃなかったら、お前頭おかしいぞ」

 瑠衣は考える。涼介のメールを受信する度に感じた寂しさは、スタート地点で視線を逸らされた時に覚えた孤独感は、全て「好き」という気持ちだったのだろうか。

「……私さ、啓介が好きだったんだよね」

 今まで胸の内に留めておいたはずの想いが、気が付けば、彼女の口からこぼれ落ちていた。

「涼介さんはそれを知ってて私と付き合ったの。理由はわからないけど、私と付き合うことが涼介さんの為になるんだって」
「おい、ちょっと待て。話が読めねぇ」
「いいから聞いて。涼介さんは私に、啓介のことを忘れさせてくれるって言ったんだ。私はただその言葉に甘えてただけなの……だから、涼介さんのことが好きかどうかはわからない」
「何だよそれ……意味わかんねぇ」

 啓介の声は心なしか苛立っているようだった。

「言葉の通りだよ。私が好きだったのは啓介なの。涼介さんじゃない」
「瑠衣……お前、俺が女いらないって知ってんだろ?」
「知ってるよ。だから彼女になりたいなんて思ってなかったし、一度も迷惑かけなかったでしょ?」

 瑠衣は啓介の一番近くで、彼の夢を応援していたいと思っていた。その気持ちに変わりはないが、彼女の頭の中は今、他の誰かで埋め尽くされている。

「……今はどうなんだよ」
「わかんない。でもこうやって話してるってことは、啓介のことは吹っ切れたんだと思う。多分」

 FDがヘアピンカーブに突入した。全開走行でないとはいえ、瑠衣の身体は重力に押されて傾く。彼女はアシストグリップを握り締めて、啓介に問いかけた。

「ねぇ、啓介は、私のこと一度でも女として見たことある?」
「ないな。悪いけど」

 即答だった。その時、一つの恋が完全に終わりを迎えたのだと彼女は悟った。彼女がこれまで大切にしてきたその恋は、あまりにもあっけなく秋名の峠に散っていった。

「同じFD乗りだからお前のことは特別意識はしてたけど……女として意識したことは一度もない。強いて言うなら妹みたいな存在だな」
「え、私がお姉ちゃんじゃなくて?」
「いやいやいや。俺が兄貴だろ」

 失恋に心が痛まないと言えば嘘になる。しかし、失恋してもなお啓介とこうしてくだらない言い合いが出来ることが、瑠衣は素直に嬉しかった。「啓介のことは俺が必ず忘れさせてやる」と言った涼介に従ったことは正しい選択だったのだと、彼女は改めて思い知る。

「今日さ、久しぶりに涼介さんに会ったんだ。ここ最近ずっと会えなかったから、バトルは勿論だけど、涼介さんに会えるのが楽しみだった。でも涼介さんとは目が合っただけで、一言も話せなくて結構ショックだったんだよね」
「そりゃあ、今回は兄貴も本気だったからな」
「わかってるよ。でも……こんなこと考えるなんて最低だと思うけど、涼介さんが負けたことよりも、涼介さんに冷たくされたことのほうがショックだった。ねぇ、啓介。私は涼介さんが好きなのかなぁ」

 FDが次のヘアピンに差し掛かり、物理的に身体が揺れるのと同時に、瑠衣の心も揺れ動いた。「涼介が好き」という言葉を口に出した途端に、彼女は気付いてしまった。涼介が好きだ。涼介が好きで、会いたくて、恋しくて堪らないのだ。

「それでも兄貴のこと好きじゃなかったら、やっぱりお前頭おかしいぞ。親父の病院で診て貰えよ」

 啓介の言葉を聞きながら、瑠衣は涼介にメールを打った。
 −−お疲れ様です。今日でなくても構いません。涼介さんに会いたいです。









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