杏奈は啓介に起こされ、目覚めた。瞼を押し上げると、ベッドの脇に腰掛けけた啓介がいた。彼は既に衣服を着ていた。

「あと三十分でチェックアウトだぜ」

 啓介は彼女の頬を優しく撫でた。

「悪かったな、昨日」

 昨晩、二人は三度も身体を重ねた。二度目も、三度目も、行為を始めたのは啓介だった。なされるがままに杏奈は彼を受け入れたが、終盤の記憶はほとんどない。

「本当はもっと寝させてやりたかったけど、準備とかあんだろ」
「うん……メイクしなきゃ」
「そのままでもいいぞ」
「やだよ、デートにすっぴんなんて」

 杏奈は上半身を起こして、大きな欠伸をした。露わになった彼女の白い肌には、啓介が残したキスマークがいくつも見受けられる。

「手、貸せよ」
「手?」
「右手」

 杏奈は首を傾げて、言われた通りに右手を差し出した。啓介はポケットから何かを取り出し、それを彼女の薬指にはめた。
 窓から差し込む朝日を浴びてきらきらと光り輝くそれは、小さなダイヤモンドが埋め込まれた細身の指輪だった。

「え、うそ」

 杏奈は驚き、何度も瞬きをした。見間違いではなかった。彼女の指には確かに、ゴールドの指輪が光っている。

「なにこれ」
「見てわかるだろ」
「でも……え?どうして?私寝惚けてる?」
「何だよ。彼女に指輪贈るのがそんなに変かよ」

 変ではない。おかしくはないが――杏奈の理解は追い付かなかった。もしかしたらまだ夢を見ているのかもしれない。

「言っとくけど、左手じゃなくて右手だからな。意味わかんだろ」
「ごめん。全然わかんない」

 啓介はこれ見よがしに、自身の右手で口元を覆った。彼の薬指には、飾りのないシンプルな指輪が輝いている。それは杏奈の指にはめられているものと同じ、ゴールドの指輪だった。

「ペアリング?」
「おう。サイズ大丈夫か?ちょっときついか?」
「寝起きだから浮腫んでるけど、多分大丈夫……だけど、どうしたの」

 啓介は照れ臭そうに、杏奈から視線を逸らした。

「俺達きっと会えない時間の方が多いだろうし、こういうので繋がっておくのも悪くねぇかなって」

 意外だ、と杏奈は思った。杏奈の知る啓介はいつも走ることに全力で、夢の為に恋を諦めてきた男なのだ。ペアリングを自ら買ってプレゼントするなんて、意外だ。

「それに、レースクイーンとか追っかけの奴らが寄って来てうるせぇからな。俺のは女避け」
「そういう仕事してるんだし、女の子にモテても仕方ないんじゃない?」
「仕方ないって……お前は嫉妬とかしねぇのかよ」
「いちいち嫉妬なんかしてらんないよ。子供じゃないんだし。啓介は私に嫉妬して欲しいの?」
「そんなんじゃねーよ……俺、タバコ吸うわ」

 ぶっきらぼうに言った啓介は立ち上がり、杏奈に背を向けた。その背中を見つめながら、杏奈はふと考える。もし、啓介を他の誰かに奪われてしまったら。二年前、啓介が杏奈ではなく夢を選んだように、自分ではない女を選んでしまったら。

「……やっぱり、嫉妬する」

 自身の右手に光る指輪を見下ろして、杏奈は呟いた。

「啓介は私のだから。その指輪、ずっと着けててね」

 それまでタバコをふかしていた啓介は、タバコの火を消した。そして杏奈には何も言わずに、フロントに電話をかけた。

「――チェックアウトの時間ですけど、最大何時までならいけますか?はい――はい。じゃあそれで。お願いします」

 受話器を下ろした啓介は、再びベッドの脇に座り、杏奈の身体に持たれ掛かった。

「チェックアウト延長したの?」

 杏奈の問いに、啓介は黙ったままだった。

「啓介?」

 もう一度彼女が問い掛けると、啓介は小さく息を吐いた。それから、杏奈を抱き締めて、彼女の耳元で囁いた。

「今すぐ抱きたい」

 杏奈の心臓は飛び跳ねた。同時に、彼女の奥底では欲情を催した。

「昨日あんなにしたのに?」
「仕方ないだろ。我慢できねぇんだから」
「元気すぎるでしょ。本当、啓介って若いよね」
「年齢なんか関係ねぇだろ。杏奈が好きだから欲しいんだよ。文句あんのか」

 文句などなかった。例え昨晩の疲れが杏奈の身体に重くのしかかっていたとしても、顔を真っ赤に染めた啓介の誘いを、受け入れられないわけがない。

「啓介のそういうところも好きだよ」

 彼の背中に腕を回して、杏奈は思う。啓介のどんなところも好きだと。真っ直ぐで、可愛くて、愛おしい――そんな年下の恋人をずっと離さない。何があっても、絶対に離してやるものかと。









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