空虚な戯曲で踊るモノクロ/デイライト×瀬莉
朝が嫌いだ。どんなに悪い夢をみたあとでも白く激しい光で全てを浄化してしまうように嗤う。まるで全てを嘘だと否定するように輝くのに、だけどその全ては嘘の一言で消えてくれない。朝が嫌いだ。だからこうして朝が来ないことを一心に祈る、午前3時の未だ真暗な空。
「…ん、」
小さな呻き声と一緒に彼の目蓋と睫毛に隠されていた青が顔を覗かせた。少しだけ乱れた息は、やはり彼も苦しんでいる証なのだろう。美しい右目にかかった髪をさらりとかきわけてやる。金色。
「おっはよ、瀬莉」
「…五月蝿い」
「はは、顔色悪。大丈夫か?」
「……今、」
「え?」
「…今、何時」
その答えをオレはしっかり知っていたけど、確かめるようにもう一度ベッドサイドのちゃっちいデジタル時計に目を向ける。さっきから2分経っただけ。
「…3時2分」
「ご丁寧にどうも」
瀬莉はゆっくり起きあがって、ぐしゃりと髪をかき混ぜながらいかにも寝不足です、の顔で欠伸を1つ、2つ。
そんな彼が好きなコーヒーを淹れてやりながら、オレはそっと横目で彼を観察する。あー、とかうー、とか言いながらまた枕に顔を埋めて、そのくせ眠りにつかないようにだろうか、それとも眠りにつけないからだろうか、薄暗い部屋に煙草の小さくて不安定な火がぽうと灯る。
「…ん、」
「コーヒー?」
「ん、」
「眠れねえよ、馬鹿」
苦笑しながらマグカップを受け取って、でもさほど嫌そうでない様子にいつものことながら安心する。瀬莉の隣、シーツがぐちゃぐちゃになったままのそこに腰を下ろせば、ぎし、と古いベッドが不満そうに鳴いた。
「…瀬莉、」
聞こえるか聞こえないかの小さな声で彼を呼んだ。オレはどうしても夢から逃げられないから、曖昧になった夢と現実の境に線を引くようにこうしてぎゅうと瀬莉の背を抱き締める。ほら、夢なんかのようにどろどろに溶けたりぱちんと音を立てて消えたりなんかしない、皮膚はオレと瀬莉の、夢と現実の境界線だ。
されたままに抱かれる瀬莉が小さく身じろぎするたび、オレの頬と彼の肩が擦れて温度が生まれた。
「…瀬莉、すき」
「…デイライト、」
ぎしり、ぎしりとベッドが鳴いてそのたび五月蝿いと心中で呟いた。
その時そろりとオレの腕に触れた瀬莉の手のあたたかさが夢のように感じてそっと目を閉じた。
「夢を、」
ぽつり、呟くように瀬莉が口を開く。
「夢をみたんだ、デイライト」
知ってる、知ってるよ、瀬莉。小さく震える彼のつむじに口付けを落としながら俺は心中だけで云う。そんな瀬莉だから、オレはそれを識っているから、
「…オレはここに居るんだから」
伺い見るようにオレを見上げた瀬莉の不安気な双眸を隠して云うと堪えきれなくなったのか、彼の暗闇があたたかな涙に溶けて流れた。きらきら。
「デイライト、」
このまま朝にならなければいいのに。涙声で祈るように紡がれたその言葉が、やわらかくオレの頭に足に腕に降り積もって無音を奏でる。このまま2人、朝までに融解してしまえればどんなに幸せだろう。でもオレは、オレ達は、それぞれの抱える夢のような闇から逃げ出せないから。
「瀬莉、愛してる」
陳腐な羅列を、さも虚像のように膨らませてそのくちびるに乗せるのだ。ああ、朝が来る。
空虚な戯曲で踊るモノクロ
BGM:雨音/つばき
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20100821