曖昧に死に急ぐ自分へ/瀬莉→五十嵐



ぎちり。ぎちりと喉笛に食い込んだ指が鳴いた。酸素がどうにも足りなくて、酸素以上に窒素も足りなくて、生理的に涙を流すけれどそこに殺気なんて全く無くてそれが悲しいのか嬉しいのかでまた泣いた。

「五十嵐さん、いがらし、さん…」
「…ころしてなんて、」
「はは、……っ俺、いがらしさんの…っいうとこ、結構、 すき 、 ですよ…」

巻き付いた十本とそれに延びる二本は震えていた。どうして震えていたかは簡単に想像できることだから想像してみてほしい。ただ一言言うなれば、それはものを生かすために在って、俺を殺すためには無かったということだ。








愛用していたベレッタが壊れた。というか乱暴に扱ったせいで動作不良を起こしたこいつは使い物にもなりゃしない。誰が悪いって、それは他の誰でもない自分だが。それはそうと、使えない鉄屑はゴミ箱か、はたまた修理かの二択なのである。そして俺は未だこいつを手放す気は毛頭無い。手に触れた脱け殻の冷たさはいつもの獰猛さはどこへやら、頼りない後味を皮膚に残した。まるで使えないと自分をわらう自虐だ。
扉を開けた先には工具と鉄と木材で埋め尽くされたものが溢れ出しそうな乱雑さが広がっている。何度来てもその物の多さには思わず眉をしかめるが。しかし存外この空間が嫌いではない。狭い通路を進むと奥で真黒な物体がのそりと動く。

「…どーも、」

高らかに掲げられた火気厳禁を無視して煙草に火をつけた。軽く挨拶すると別段それを気にする風でもなく右手を差し出される。ここの主は俺が用が無いとき以外訪れないことをよく知っているのだ。当たり前のように出された右手に壊れかけたベレッタを握らせる。

「…あれだけ、」
「うん?」
「あれだけ乱暴に扱うなと言ったのに」

ため息混じりの小言に苦笑しながらそこらへんのケトルを手にする。ここでの数少ない彼の生活雑貨。ほぼ癖みたいになりつつある、来たついでに珈琲を淹れて休憩を知らないように働く彼を休ませること。

「…相変わらず好きだな」
「何が」
「珈琲」
「んー…五十嵐さんもでしょ」

ホウロウのマグに揺れる苦味に目を落とす彼が一瞬驚いたような顔をするのに驚いた。そもそも私物が全くないこの箱のなかにある唯一が古びたケトルとマグなのに。そう伝えると俯きがちになる口許にやわらかな笑みが映える。マグを包み込むような左手は俺のそれよりも大きい。いつも物を作ったり直したり作り替えたりするその手が、俺たちのように壊したり殺したり奪ったりすることはあるのだろうかとぼんやり考えてなんとなく興奮した。

「で、いつくらいまでっすか」
「何が」
「修理」

ああ、ともうん、ともつかない音を五十嵐さんが漏らす。目線の先は今はもう珈琲ではなくベレッタで、どうやら仕事のスイッチが入っているようだ。きちりとものさし代わりの目が、指が動く。

「ねえ、五十嵐さん」
「………」
「…ねえ?」


ああ、もう居ない。と内心だけで呟いた。もう彼の視界にも世界にも俺はどこにも居ない。彼もこの空間も本当は大好きだったけれど、絶対的に拒まれるこの一瞬が俺は大嫌いだった。
もう何も聞こえない。彼には絶対できないことをしっているから、ころして、と小さく呟いた。





曖昧に死に急ぐ自分へ
(そして冒頭)








人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -