この毎日を愛してる/新城+絃篤
「新城」
司令官は暗い窓の外を眺めて私を呼んだ。
雨が降っている。部屋も少々うす暗く感じる。
「はい、何か御用でしょうか」
「今日は少し冷えるな」
「…? そうで御座いますね」
いつも会話や行動に無駄のない司令官にしては珍しいと思い返答に困ってしまった。自分はこういう他愛ない会話をする機会が無いという事に少し驚きも感じた。
「珈琲でも入れるか?」
「はい、今すぐにお持ちします」
「俺が入れよう」
「…は、き、貴官がお入れになるのですか?」
「なんだ、俺の珈琲は飲めないって言うのか?」
「いいえ、そういう意味では」
座っていろ、と促されて立派なソファに腰を下ろしたものの落ち着かない。何か自分に落ち度が無かったかと、頭の中で思考が巡る。
暫くして良い香りと共に目の前に珈琲を出された。表情はいつもと変わらないが、不機嫌ではない様に感じる。
向かいのソファに腰を下ろした司令官は珈琲を一口飲むと話し始めた。
「最近部下はどうだ、指示通りに動いているか?」
「はい。皆私の指示通り、きちんと動いて下さいます」
仕事の話はどうしてこうも落ち着くのだろう。余計な、いや、そうではなく。所謂アドリブを考えなくていい分安心するのだろうか。
「新城」
「はい」
「お前、少しは笑ったらどうだ」
「……え」
「笑え」
「……?」
「返事!」
「はい!!」
余りに唐突過ぎて、頭の回転が追いつかない。テロリスト集団や反政府組織に如何に仕掛けるかはそこそこ早く考えられるというのに。
(そもそも普段笑わない司令官が何故私にそんな要求をなさるのか、心情を理解致しかねます。)
「…し、司令官。私はどういった風に笑えば良いのでしょうか」
「好きにしろ」
ここまで司令官が無責任な発言をしたことが過去にあっただろうか、否。記憶には無い。
「……どうですか」
「赤点だ。俺の下で働くのは苦痛か?」
「そ、その様な事は絶対に御座いません。私は貴官の御傍に居る為にここまで…いいえ、申し訳ありません。余計な事を」
「構わん。それに、理解しているつもりだ」
余計な事は言うべきではない。アドリブは苦手なのだ。
雨が降っている。部屋も少々うす暗く感じる。
早く仕事が始まれば良いのに。そしてくたくたに疲れて、そのまま気付かない内に眠って、また同じ朝が来て、同じ様に仕事をして。
ずっとそうであればいいのにと、何処かで終わるその日まで。繰り返す、繰り返す。なんて素晴らしい事だろう。
雨が降っている。部屋も少々うす暗く感じる。
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20111031