それは雪の降る夕方のことでした/エリザベス+デイライト
「デイライトさん」
「どうしたの?」
いつも「レディファーストだよ」と言う彼は先にバスのステップに足を掛けた。
その行為が気に入らなかった訳でも、腹立たしかった訳でもなく、ただわたしには違和感だった。
「体調、優れないんですか?」
「あはは、うちの隊長は優れてないよねえ」
「そ、そうじゃなくって…」
「?」
彼は不思議そうに首を傾げた。
時間帯もあってか混んでいるバス、1つ空いた席にわたしを座らせて手すりにもたれる普段通りの彼。
何もおかしくないはずなのに。
「少し、元気がないなあと思ってしまって…わたしの気のせいならいいんですけど」
「はは、リジーは心配性だなあ。お腹は空いてるけど元気だよ?」
「そう、ですか…」
また違和感。いつもなら、ここでわたしの顔を覗き込む。それは優しい彼を過信しているからなのだろうか?
(きっとバスが混んでいるから、)
「…デイライトさん?」
「…」
彼は窓の外をぼんやりと眺めてまるで別の世界にいる様な、そんな気さえした。こんなに近くにいるのに。
(きっとバスが混んでいるから、)
2つ目のバス停に止まった時点でわたしの隣の席が空いた。わたしはこの機を逃してはいけないと彼の袖を引く。
「あの、デイライトさん、席が空きましたよ」
「…あ、うん!ありがとうリジー」
そう笑顔で返ってきた事に心底安堵した所で、彼は傍に立っていた人に席を勧めてしまった。
「オレは立ってるから。平気だよ」
今までで一番信用出来ない「平気だよ」。わたしは立ち上がって彼の横についた。
腕を組んでいるのは彼らしくない。俯いて目を閉じているのも彼らしくない。
「平気なんかじゃ、ないです」
「…」
「デイライトさんに何があったのか、わたしは少しも知らないですけど、傍にいることだけはわたしにも出来ます…よね…?」
「……ありがとう」
こんなにあたたかいのに、彼の手は震えていて。
それ以上何も会話をすることもなく、バスに自分達以外の乗客がいなくなるまで。
(かみさま。このままどこにも止まらなければいいのに、と思ったこと、許してください)
「リジー、お腹空いちゃったね」
「そうですね」
いつもの彼はそう言って笑った。一瞬にして気持ちをあたたかくする、彼はきっと魔法使いなんだ。
「少し遠いですけど、明日からはゆっくり歩いて帰ってきましょうね」
それから、もうバスに乗って帰る事はなくなった。
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デイライトが乗りもの苦手な話。気持ち数年前のつもり。
甘くならなかった。どんだけの距離を歩く気でしょうか。
20111026編集